慶應義塾大学大学院の前野隆司教授と、一橋大学名誉教授の米倉誠一郎さんによる対談の第2回。日本企業が世界で始まった新しいゲームに乗り遅れた理由は「過去の成功体験にある」と米倉さんは分析する。つまり「イノベーションのジレンマ」である。それを打破するためには何が必要なのか。
前野教授(左)と、一橋大学名誉教授の米倉さん(写真:加藤 康)

新しいゲームに乗り遅れた理由

前野 先ほど「日本企業は新しいゲームに乗り遅れた」と話していましたが、その原因はどこにあると思いますか。

※これまでの対談は前回の「優秀であればあるほど、イノベーションを見逃す」を参照

米倉 成功体験だと思います。米国の企業はどんどん事業の中身を入れ替えているけれども、日本企業は成功体験に縛られてそれができていない。

 例えば、この50年間、ずっと企業ランキングの上位にいる米ゼネラル・エレクトリック(GE)社だって自らの事業形態を変えています。金融業界も、米国では投資ファンドが強い。投資運用の手数料収入で稼げる金融機関をつくってリテール事業をやめ、やめたリテール事業は小さい規模のベンチャー企業のような銀行に任せたわけです。

 中国でモバイル決済が日常的に使われている話は、最近よくニュースになっています。アフリカでもモバイル金融サービス「M-PESA」を用いた新しいビジネスが次々と生まれています。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)が選んだ「世界で最も革新的な50社(50 Smartest Companies)」の2017年版にも、M-PESAと家庭用の太陽光発電システムを組み合わせたサービスを提供するケニアのM-kopaという企業が入っていました。低所得世帯でも日払いの割賦販売で太陽光発電システムを購入できるように、モバイル決済をうまく活用しています。

 この会社のことを聞いて、僕はアフリカ社会を変えていくのは電力会社の取り組みやソーラーパネルの技術革新ではなく、フィンテックなのだと思いました。意外な組み合わせですよね。でも、銀行をはじめとする日本の金融機関は、こうした動きを「携帯電話を使った単なるモバイル決済の一種」としか見ていません。そうではなく、イノベーションなんですよ。電力料金の支払い方法を含めた経済・社会の仕組みを変えているわけですから。

前野 なるほど。かつての成功体験ゆえに、そうした新しいことを新しいと判断できなくなっている。どうすればいいのでしょう?

米倉 やはり、新しい成功体験を多くつくるしかないと思います。例えば、「米倉でもできるんだから、俺もできるんじゃないか」と思う大学院生が増えるとか(笑)。もちろん、日本企業に革新的な取り組みがないわけではありません。例えば、ホンダの小型ジェット機「ホンダジェット」は革新的で興奮しますよね。

前野 うまくいった理由をどう分析していますか。

米倉 ホンダジェットの開発部隊を米国に隔離していたのが素晴らしかった。『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)を記した米ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は、「小さな組織を隔離してプロジェクトを進めなさい」と言っています。業績が悪化したら、普通はプロジェクトを潰しますよね。ホンダジェットのプロジェクトを主導した藤野道格さん(米ホンダ・エアクラフト・カンパニー 社長兼CEO)も「米国にいなかったら潰されていたと思う」と話していました。

前野 確かに、そうかもしれません。

米倉 ホンダらしいエピソードとして興味深いのは、藤野さんは上司からプロジェクトのことを「(本田)宗一郎さんには話すな」と言われていたそうです。プロジェクトの黎明期に宗一郎さんはご存命で、藤野さんが上司に理由を聞いたら、「話したら『絶対に俺がやる』とプロジェクトが日本に戻ることになるじゃないか」と。

 米IBMのパソコン(IBM PC)も、本社から離れた場所のベンチャー的な組織で開発されたと聞きます。当時のIBMは数千万円、数億円の規模が動くメインフレームビジネスを手がけていたわけで、パソコンがIBMカルチャーになじむわけがない。「PCは、1台いくらで売れるんだ?」「3000ドルです」「何台売ったらメインフレームと同じ売り上げになるんだ?」という話になります。

前野 そうですね。