日本には、まだ新しいことを生み出せる余地がある

米倉 いいことですね。一橋大学の教え子で佐々木大輔さんという起業家がいます。クラウド会計サービスを提供するFreee(フリー)という企業を立ち上げて活躍している経営者です。同社のサービスは、写真で撮った領収書を自動で仕分けしてくれるようになっていて、簿記や会計を知らない人でも使いやすいという特徴があります。

 佐々木さんは「帳簿の作成は僕たちとAIに任せて、スモールビジネスに関わる人がもっとクリエーティブな仕事ができるようにしたい」という前向きな発想でサービスを開発しています。つまり、「帳簿をつけている時間があったら、その時間をもっと良い商品を開発したり、自分の腕を磨いたりすることに割いた方がいい」というわけです。

 処理の流れがこれまでの仕組みと違うので、なまじ従来の簿記や会計を知っていると「使いにくい」という人もいる。でも、それはフリーのサービスが簿記や会計を知らない人向けという発想が原点にあるからです。これも「イノベーションのジレンマ」で、恐らく公認会計士や税理士を抱えているような従来型の会計ソフト開発企業がフリーのようなサービスを立ち上げることは難しい。

前野 なるほど。

前野 隆司(まえの・たかし)。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。1962年山口生まれ。広島育ち。1984年東京工業大学工学部卒業、1986年東京工業大学理工学研究科修士課程修了、同年キヤノン入社、1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て、2008年よりSDM研究科教授。2011年4月よりSDM研究科委員長。この間、1990〜1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房)、 『無意識の整え方』(ワニブックス)、『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』(講談社)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門 (講談社現代新書)』(講談社現代新書)、『システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」』(日経BP社)など多数。(写真:加藤 康)

米倉 モバイル決済サービスの「スクエア(Square)」をご存じですか。

前野 ええ。スマートホンやタブレット端末に取り付けるカードリーダーを用いたクレジットカード決済サービスですよね。

米倉 そうです。サービスを手がける米スクエアは、米ツイッターを創業したジャック・ドーシー氏が創業しました。共同創業者のジム・マッケルビー氏はガラス工芸作家で、個展や展示会などで自分の作品を売るとき、機会損失に直面した。金融機関の審査のハードルがあったり、手数料が高かったりするので、販売する際にクレジットカード決済を取り扱えないことが原因です。

 カード社会の米国では、多額の現金を持ち歩いている人はあまりいません。支払いでカードが使えないと商品を買ってもらえない。「それはおかしいだろう」ということで、開発したサービスが「スクエア」だそうです。スマートホンがクレジットカード決済端末になる。アプリを使ってPOSの販売管理もできます。これも、従来のPOSレジを開発している企業が同様のサービスを開発することは難しいでしょう。既存の商品の市場を大きく変えることになりますから。

前野 ベンチャー企業ではIT関連が目立ちますが、他の業界でも面白い例はありますか。

米倉 例えば、「Dr.ストレッチ」というストレッチ専門店があります。

前野 ええ。あちこちで店舗を見かけます。

米倉 フュービックという企業が展開しているお店ですが、社長の黒川将大さんは起業の際に「大学の体育学部を卒業する学生はたくさんいるけれど、スポーツで飯を食えている人が少ない。これをどうにかしたい」と考えたそうです。体を鍛えたり、調子を整えたりすることを学んだ人材を生かして、ストレッチをビジネスにしたらどうなるかについて知恵を絞った。

 これも、イノベーションだと思います。社会で活用されていない埋もれた知見を持つ人材を新サービスに生かすことは「ニューコンビネーション(新結合)」といえますから。日本では「大企業にいるとすごい」と思われて、「失敗したら、何を言われるか分からない」という土壌があるにもかかわらず、しがらみを捨てて挑戦する人たちが出てきていることは心強いですね。

 ただ、残念なのは、こうした新しいイノベーションを考える人たちが活用する様々なプラットフォームに日本発のものが少ないことです。僕は個人経営のストレッチのお店に通っていますが、ストレッチの間のBGMはiPadからBluetoothで飛ばしてBOSEのスピーカーで流れています。支払いをする際に使うのは、スクエアのスマホ決済です。「こういうの欲しいよね」「若いやつが起業するならこういうのは必須だよね」というものを米国を中心とする海外のベンチャー企業が提供しています。「小さい企業が小さい企業を助ける。それが新しいイノベーションにつながる」という循環ができているわけです。

前野 面白いことに挑戦している人たちの成功体験を、ロールモデルとして伝えていく必要がありますね。

米倉 そうです。多少の針小棒大には目をつぶって、「日本でこんなのが出てきたぞ! これはエライこっちゃ!」と、バンバン伝えた方がいい(笑)。「人生、いろいろと面白いぞ!」と。

 日本には、まだ新しいことを生み出せる余地があるし、体力もある。知的レベルも高い。このポテンシャルを大事にして、みんなで良い社会をつくろうとすれば、かなりイケていると思いますよ。

(次回に続く)