社員は自由に生きていく力を持っている

米倉 だから、例えばシリコンバレーのような特殊な場所で全く違うルールでビジネスを始める、それが難しい大企業では隔離したり、分社化したりする方がうまくいくかもしれません。

 もう一つ、日本企業のよくないところは、大企業が利益率にこだわらないことです。「利益率にこだわり始めたから日本企業がダメになった」という議論もあります。でも、それは徹底的にこだわらずに、中途半端だからです。利益率にこだわると事業を選択・集中するし、やめる決断も出てくる。そうなれば人材流動性が高まって「じゃあ、面白いことをやってやろう」という人が増えるでしょう。

 中途半端に“社会福祉法人”のようになってしまっているからグローバルマーケットでは認められずに株価が上がらない。利益率に徹底してこだわって、力強いリーンな企業になる。そのためには大リストラクチャリングも必要でしょう。

前野 リストラですか。

米倉 日本ではリストラというと後ろ向きで、あまり良い響きではありませんが、米インテルがDRAM事業から撤退したように、前向きな事業の選択・集中もリストラですよね。大企業がやめると、おこぼれのマーケットが広がりますから、たくさんの人たちが新たに参入できるという副次効果もある。今、かつての日本企業の代わりに、それで大きくなっているのは台湾などの企業ですよね。

米倉誠一郎(よねくら・せいいちろう)。法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授、一橋大学イノベーション研究センター特任教授、アカデミーヒルズ日本元気塾塾長。1953年東京都出身。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセス、組織の史的研究を専門とし、日本のイノベーション研究をリード。ニュービジネスとアントレプレナーシップを応援するイノベーション研究の第一人者。「Happy Day TOKYO」「ティーチャーズ・イニシアティブ」「QUEST CUP」などNPO活動にも取り組む。『イノベーターたちの日本史:近代日本の創造的対応』(東洋経済新報社)、『2枚目の名刺 未来を変える働き方」(講談社+α新書)、『オープン・イノベーションのマネジメント』(有斐閣)、『創発的破壊 未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)、『脱カリスマ時代のリーダー論』(NTT出版)、『経営革命の構造』(岩波新書)など著書多数。(写真:加藤 康)

前野 大企業のリストラ後の新たな参入者で、日本企業の事例はありますか。

米倉 アイリスオーヤマは好例ですね。自社ブランドの家電事業を広げるために、日本の家電メーカーでリストラに遭ったり、辞めたりした人材を集めています。社長の大山健太郎さんは、マーケットの人だからこその視点があって興味深い。

前野 といいますと?

米倉 多くの日本の大手家電メーカーは「白物家電は市場的に成熟していて、機能面でも完璧に近い」と考えていますが、それは4人世帯や6人世帯のいわゆる20世紀型の家庭にとっての話です。実は、これから増えていく2人世帯や単身世帯向けのマーケットの商品は充実していない。そこでアイリスオーヤマでは大手家電メーカーにいた優秀な技術者を集めて、そのマーケットに向けた新しい商品を開発しています。

 外資系企業に買われた、日本企業のパソコンや家電、半導体の事業でも、そこで働いている日本の技術者は、むしろ幸せなのではないでしょうか。例えば、NECのパソコン事業を中国のレノボが買収しましたが、世界の市場シェアが圧倒的に高いレノボはNECに比べて液晶パネルや半導体などの部品購買力が格段に大きい。技術者としては、ハイエンドの面白い商品の開発に挑戦できる。レノボの経営者は「NECのパソコン事業の人はハッピーだ」と言っていましたが、それも理解できるように思います。

 一方で、“社会福祉法人”と化した日本メーカーは、社内に残った優秀な技術者や研究者を営業担当に配置転換しています。もちろん、営業に向いている人もいるとは思いますが、もったいないですよ。まさに「幸福学」だと僕は思うのです。「人間には力がある。でも、その優秀な人材の力を自分が殺してしまっているんだ」ということを経営者たちが理解する。そして、社内で面白いことができないならば、むしろ解放してやってもいいじゃないかと。

前野 リストラは解放ということですか。

米倉 「会社がクビにしてしまったら食えなくなる」「娘の結婚式で親父の会社が名もないところではさびしいだろう」といった考えではなく、「社員は自由に生きていく力を持っているんだ」という原点に回帰するマインドセットが大事だと思います。

 例えば、「大手メーカーのリストラで希望退職が何千人」というようなニュースが最近はよくあります。メディアのマインドセットも古くて、ニュースを受けて「あのカリスマ経営者が生きていたら何というか」「日本的経営は終わった」という論調のバカバカしい記事を書くんですよね。僕はそういうニュースを見ると「早く解放してやれ」と思います。のどから手が出るほど彼らが欲しい企業はたくさんあるわけですから。「日本には優秀な人材がたくさんいて、彼らにできないわけがない」というポジティブな視点に立ち返った方がいいと思います。

前野 そうですね。そういう意味では、日本はこの20年ほどつらい時期でしたが、最近は元気なスタートアップ企業や、若い起業家が目立つようになってきました。