あれ? これまでとルールが全く違うぞ

米倉 昔は、ビジネスの観点で企業や個人の信用を評価するのは主に銀行の役割でした。財務状況や取引での遅延、滞納がないといったポイントで評価していたわけです。それが変わりつつある。最近は、「いつもどういう人たちと一緒にいるのか。どういう発言で彼らから『いいね!』をもらっているか。そうしたことが、ソーシャルコンテキストとして重要だ」ということになっているわけです。そうなると、ソーシャルコンテキストをどう評価するかも、イノベーションを研究する上でこれからは大事になってきます。

 つまり、イノベーションはそれだけ広い意味を持っているということです。その中には人間にとって全く新しい世界を切り開くものもあるだろうし、人間を不幸にするものもあるでしょう。そういう広い視点で、技術だけに限らないイノベーションを研究しようというスタンスで二十数年前に新しい研究センターをつくったんです。

 野中さんは知識研究をテーマに研究を進め、僕は日本企業の競争力についての研究を進めました。でも、肝心の日本企業は全く元気がなくなってしまいました。

米倉誠一郎(よねくら・せいいちろう)。法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授、一橋大学イノベーション研究センター特任教授、アカデミーヒルズ日本元気塾塾長。1953年東京都出身。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセス、組織の史的研究を専門とし、日本のイノベーション研究をリード。ニュービジネスとアントレプレナーシップを応援するイノベーション研究の第一人者。「Happy Day TOKYO」「ティーチャーズ・イニシアティブ」「QUEST CUP」などNPO活動にも取り組む。『イノベーターたちの日本史:近代日本の創造的対応』(東洋経済新報社)、『2枚目の名刺 未来を変える働き方」(講談社+α新書)、『オープン・イノベーションのマネジメント』(有斐閣)、『創発的破壊 未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)、『脱カリスマ時代のリーダー論』(NTT出版)、『経営革命の構造』(岩波新書)など著書多数。(写真:加藤 康)

前野 ちょうど、製造業を中心に日本企業の業績が悪化し、世界的な存在感が薄くなり始めた頃ですね。

米倉 そうなんです。「日本企業の競争力が低下したのは、お前たちのせいだ」と僕らに言う人もたくさんいますけれども…(笑)。

 イノベーションの原典に立ち返れば、日本のイノベーションは「ニュープロセス」のイノベーションが大きかった。品質管理のQCサークル活動などは、まさにイノベーションだったという論文も1990年代後半に書きました。日本企業は、この本当に強くて、良かったところを失っています。一方で、良い悪いの議論はありますが、営業利益率にこだわって採算性の低い事業をやめたり売却したりする決断も中途半端な状態です。新しいものがどんどん出てくる状況でもなく、ちょっと困ったねというところです。

前野 なぜ、こんなに日本企業の存在感は薄くなってしまったのでしょうか。かつて、世界中で「日本企業はすごい」と言われていたのに。

米倉 僕が米ハーバード大学で博士号(Ph.D.)を取得したのは1990年なんですが、その頃は日本企業がダメになるなどという疑いは全く持っていませんでした。この成功体験が日本を新しいゲームに乗り遅れさせたと思います。

前野 日本企業の評価が、一番高かった頃ですよね。私がUCバークレー(米カリフォルニア大学バークレー校)に留学していたのもそのころです。

米倉 1980年代の半ばに現地の大企業の工場を見学したことがあります。従業員が大きなラジカセで曲をバンバンかけながら、バラバラに仕事をしているわけです。米国の東海岸で勉強していた僕は「彼らは給与のことしか考えていないけど、日本の技術者は社長にバッジを1個貰うために命を懸けて製品開発しているんだ。こんな彼らに日本企業が負けるわけがない」と信じていました。

 1985年に米インテルがDRAMから撤退したとき、敵前逃亡だと思いましたからね。日本の半導体産業は世界一でしたから、「これからすごいことが始まるのに、なぜやめるんだ」と。今となってみれば、コモディティー化する製品に付き合うのではなく、先を見てマイクロプロセッサーに事業を特化するという判断は正しかった。

 その10年後にシリコンバレーを視察に訪れた際に驚きました。「あれ? これまでとルールが全く異なるゲームが始まっている」と感じたからです。

 米サン・マイクロシステムズを訪問した際には、CEOのスコット・マクネリー氏や天才エンジニアのビル・ジョイ氏が、みんなで食べていたピザの箱の裏に絵を描きながら数億円もの投資話を始めた。サンノゼ市のインキュベーションセンターを訪れた際には、短パン・Tシャツのお兄さんを紹介されました。こちらは事前に「ものすごい有望株の実業家、起業家」という触れ込みだったので全員ネクタイをしていたのに、彼はダイエットコークを飲みながら「人工衛星を何十基打ち上げて、世界を変える」と語り始めた。

 僕も含めて、みんな聞きたかったんだけど口に出せなかった質問があって。最後に同行した大学の先生が聞いたんです。「そんな大きな話、失敗したらどうするの?」と。

前野 答えは?