電波望遠鏡「アルマ」は、サブミリ波という極めて波長の短い、そして想像もできないほど微弱な電波を受信する観測装置だ(受信周波数の上限は、日本が製造した最も波長が短い950GHz対応のもの)。波長が短くなればなるほど、パラボラの鏡面精度を高めなければならなくなる。宇宙を海、天体から届く電波を魚、アンテナを漁網とすれば、サブミリ波はなんと極小のシラスだ。それをごっそりと獲るためには目の細かい漁網が必要なのと同じことだ。その漁網の目が温度変化によって伸びて大きくなるようでは、まともな観測はできない。冷たい海であろうと温かな海であろうと小さな編み目をきっちりと維持しなくてはならない。

 アルマのアンテナが熱変形との戦いだったというのはそういうことだが、熱変形との戦いのみならずアルマ望遠鏡の製造は広い分野の技術者たちを奮起させ、さらなる挑戦に向かわせたという貢献も大きい。

 完璧なまでの精密加工と+20℃~-20℃という温度差でも熱変形が起こらないよう仕上げた口径12mアンテナは、まず3台を日本国内で組み立てた後、それぞれを運搬のため3分割して太平洋を越えアルマの山麓施設へと運ばれた。

 2007年7月のことだ。

 この段階で、米国はすでに山麓施設で4台のアンテナを完成、5〜7号機の組み立てが進んでいた。

 日本は政府が予算を出さなかったため、欧米に1年遅れで「アルマ」のプロジェクトに参加した。欧、米とも、アンテナの完成はかなり遅れるだろうとみていたようだ。

 だが、12mアンテナ3台を積んだ十数台の巨大トレーラーの車列が山麓施設に入ってきて、わずか3日間で組み立てあげてしまったのを見て驚いたという。米、欧ともアンテナの組み立ては山麓施設に設けた仮設工場で進めたが、その方法では人件費などコストは巨額になる。日本は予算不足もあり、日本で組み立て試験を終えた上で現地に運び込む方法を取ったのである。

日本製アンテナの運送
チリ、アタカマ砂漠の一本道、国道23号線をアルマの山麓施設へと向かう。(写真提供:三菱電機)
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 その5か月後には、12mアンテナの4台目も到着した。

 2008年5月には山麓施設で12mアンテナによる太陽のテスト観測に成功、これはアルマ全66台で初の天体観測となった。

 さらに2009年11月、日本製の12mアンテナ4台を、標高約3000mの山麓施設から5000mの山頂施設へトランスポーターと呼ぶ特殊運搬車で移送、設置を完了する。

トランスポーター
アンテナを載せて山麓施設と山頂施設を往復するドイツが製造した運搬車。(写真:山根一眞))
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 標高5000mの山頂施設は酸素濃度が平地の3分の1しかないため、生命の安全のために長時間の滞在や宿泊が禁止されている。そのためアンテナの修理や、時間がかる部品交換などはトランスポーターで山麓施設に運び降ろして行う。

 欧、米にとってトランスポーターでのアンテナ運搬は大きな課題だったが、日本がそれを真っ先に成し遂げてみせたのだ。

 だが、その山頂デビューまで、日本の12mアンテナは思いがけない深刻な事態に直面、問題を解決できない長く苦しい日々を味わっていた。

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