2018年10月5日、産業技術総合研究所(産総研)は「産総研オープンイノベーション(冠ラボ)シンポジウム」を開催した。産総研では、2016年度からパートナー企業名を冠した連携研究室、通称「冠ラボ」制度を創設。企業ごとの個別ニーズに合わせて共同して研究開発を行う仕組みを立ち上げた。既に10の冠ラボが産総研内に設置され、高度な知見を持つ人材と充実した設備を活用した企業単独では踏み込めない研究開発に取り組んでいる。本シンポジウムでは、冠ラボを設置した企業の代表者が一堂に会し、産学官連携の新しい形である冠ラボでの取り組みとそれに掛ける期待を語った。さらに、各社をパネラーとしたパネルディスカッションでは、冠ラボでなければ実践できない、新たな産学官連携の魅力と今後の展望について議論した。

 産総研の中鉢良治理事長は、「産総研は、大学などアカデミアの成果をイノベーションの創出を求める企業に受け渡す仲立ちができる絶好の位置にいます」と力説する。そして、トップ同士の強いコミットメントの下で行う組織対組織連携により、産総研の強みをフル活用し、日本企業の事業競争力強化に資する研究開発を加速させる仕組みが「冠ラボ」である(図1)。

図1 産総研のリソースを生かし、企業の研究ニーズに応える「冠ラボ」
(出所:産業技術総合研究所)

もはや研究開発の自前主義は通用しない

 日本企業の多くは、自社開発した独自技術で競争優位を一度築けば、その強みが未来永劫続くと考えている。しかし、ビジネス環境は変化し続け、世界では新たな強みを持つ競合が次々と生まれている。今の強みも、すぐに競争力を失ってしまうと考えるべきである。企業は、競争力の源となる技術を連鎖的に生み出せる仕組みをもつ必要がある。

 人工知能(AI)や新エネルギー、先進医療、新材料などの分野では、新しい製品やサービスの創出に際して、最先端の科学的成果の活用が必須になる。しかし各企業は、その基となる技術を、自前の研究開発だけでまかなうことができないのが現状だ。

 また、多くの学問分野の成果を複合的に投入する製品やサービスが増えてきた。例えば、次世代自動車の実現には、AI、制御、機械、素材、センシング、パワーエレクトロニクス、クラウド、無線通信、人間工学など多分野の知見が欠かせない。さらに、新たな価値を持つ製品やサービスを事業化するためには、材料や製造装置といった川上産業から組立・加工、サービスなど川下産業までのバリューチェーン全体を刷新していく必要がある。こうした多様な要素に関わる広範な分野の技術の一つひとつを、一企業が基礎研究から自前でそろえることは不可能である。

 シンポジウムの冒頭で基調講演を行った一橋大学の沼上幹氏は次のように指摘する。「変化の激しいビジネス環境で生き残るためには、外部の最新情報を的確に取り込んでいくことが不可欠である。組織の外には貴重な情報が流れている。基礎科学や基礎技術など、企業が活用できる知識を生み出している研究者が組織の外に多数存在する。しかし、それをそのまま組織内に活用することは難しい。この場合、外部からの情報を翻訳して内部に伝える境界連結(ゲートキーパー)人材が重要である。また、新たな技術を社会実装に結び付けるという非定型的な活動を進めていくためには、物理的距離や組織的な距離を短縮し、濃密な相互作用をする場・空間・組織を創ることも欠かせない。オープンイノベーションを成功させるためには、多様なコミュニティを結びつける境界連結(ゲートキーパー)を担う人材の選抜と育成とともに、濃密な相互作用を育むプラットホーム機能の設計が決定的な重要性を持つ(図2)」

図2 オープンイノベーション活性化のカギ
(出所:一橋大学 沼上理事作成資料)

日本は技術を創出する人的資産を活用できていない

 しかも、日本企業での研究開発の効率は年々低下している。これは、高度な知見を持つ人材が大学や公的研究機関に数多くいるにもかかわらず、その力を十分に活用できていないからだ。例えば、日本とドイツは産業構造が似ているが、日本企業は自前主義を重視する風潮が根強く、大学や公的研究機関の利用に振り向ける投資の額には6倍の開きがある(図3)。

 市場支配力を高め続ける欧米企業、さらには存在感が年々大きくなる新興勢力。こうした世界の動きに対して、日本企業がこれまでのやり方にこだわっていては、とても対抗できない。今、大学や公的研究機関のリソースをフル活用し、日本企業の産業競争力向上に貢献できる仕組みが求められている。

図3 企業の研究開発費に占める大学・公的研究機関への支出割合
(出所:産業技術総合研究所)

従来の産学官連携とは一線を画す練り込まれたスキーム

 こうした時代の要請に応えて創出されたのが冠ラボである。そこには、これまでの産学官連携とは一線を画す、数々の要素が盛り込まれている。

 まず、企業の研究ニーズに応えるべく、研究テーマの遂行に産総研のリソースの総力を注ぐ体制が整えられている。産総研は極めて広範なテーマの研究に取り組んでおり、様々な技術要素が織り交ざった課題にも、産総研内でほとんど対応できる。このため、効率的かつ集中的に研究開発を進めることが可能だ。

 また、企業と産総研のトップ同士がコミットすることで、両者が本気で連携する。これまでの産学官連携では、企業研究者と研究機関研究者の属人的なつながりを起点として行うことが多かった。旧知の関係、もしくは教え教えられる関係での連携であったため、どうしても成果を厳しく評価する視点に欠ける面があった。冠ラボでは、企業が求める成果を上げるため、研究開発の経過をレビューし、必要があれば体制の見直しもしていく。

 さらに、事業環境の激しい変化に対応していくため、国立研究開発法人の慣例にこだわらず、新たな産学官連携の運用法を探る余地を残している。国立研究開発法人は、国民からの税金で運営されているため、意思決定や決済に際しては、何段階にもわたる精査が行われる。ただし、こうした手続きは、ともすれば産業界の動きに迅速に対応できない原因にもなる。その点、冠ラボでは、場合によって官のルールにこだわらずに、迅速に対応する。

企業が冠ラボを設置する4つのメリット

 企業や研究に携わる研究者にとって、冠ラボには4つのメリットがある。1つめのメリットは、産総研のエース級研究者と直接関われることだ。企業の研究者と産総研の研究者は、同じ場所、同じ立場で連携を進める。そして、ラボ長や副ラボ長となる企業の研究者は、産総研の研究者の上司としてプロジェクトを直接マネージメントできる。

 2つめのメリットは、連携によるリソース活用と減税効果である。まず、産総研の技術・人材・インフラを目一杯利用できる。さらに研究開発税制のメリットもある。1億円の資金提供で、最大3000万円減税される。

 3つめのメリットは、研究成果を円滑に事業に活用するため、知的財産権の契約条件を柔軟に適用することである(図4)。共同開発では、生まれた知財の扱いで様々な問題が発生するケースがある。冠ラボでは、企業による単願、共願した各企業の競争領域の知財に関しては、一定期間、企業が独占的に活用できる。また、産総研の単願、共願した共通基盤領域の知財に関しては、実施料を前払いすることで、迅速に技術の橋渡しをする。

図4 研究成果を円滑に事業化に活用するための柔軟な知財の扱い
(出所:産業技術総合研究所)

 4つめのメリットは、異分野融合、業種横断型連携を加速できることだ。産総研には、7領域の研究分野がある(図5)。イノベーションコーディネータが、企業の研究ニーズに応じて、これら7領域の研究リソースをフル活用する。複数の領域の技術が必要な研究テーマにも、異なる領域の技術を融合させた新たな技術の創出にも対応できる。

図5 7つの研究領域を横断的に活用し、多様な研究ニーズに柔軟に対応
(出所:産業技術総合研究所)
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