チケット提示不要 MLB、19年に生体認証技術導入へ

2018/08/20 05:00

渡辺 史敏=ジャーナリスト

 近年、スポーツやコンサートなど多くの人々が集まるイベントの入場時のセキュリティーチェックを強化する流れが続いている。いわゆるテロの「ソフトターゲット」となりやすいことを考えれば当然と言える。ただ厳格化するとそれだけチェックにかかる時間が増え、長い行列ができる。それが来場者のストレスとなり、満足度を下げることにもつながっている。

 この対策として、チェックの精度を高めつつ、短時間で終わる仕組みへの取り組みが盛んになっている。例えば米プロアメリカンフットボールNFLのニューヨーク・ジェッツやプロバスケットボールNBAのブルックリン・ネッツの本拠地であるバークレー・センターなどは、全米の空港で使用されている、「TSA Pre✓」というシステムを導入している。事前に個人情報を登録しておけば、チェックが簡略化されスムーズに入場できる。

MLBが全スタジアムに導入へ

 そんななか注目が高まっているのがバイオメトリックス、つまり生体情報を利用したセキュリティーシステムだ。2018年7月12日、野球のメジャーリーグ(MLB)とチケット販売の米Tickets.comが生体認証プラットフォームの米Clearと、2019年から全スタジアムで生体認証チケッティングを導入することで合意したと発表した。

ClearとTickets.comが共同開発した指紋を利用した生体認証システム。MLBが2019年シーズンから全スタジアムに導入することを発表している
(写真:Clear)
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 ClearとTickets.comが新技術を開発、来場したファンはスタジアムで紙やモバイルチケットを提示する必要がなくなる。事前にIDなどの個人情報と指紋、将来的には顔画像を登録しておけば、スタジアムのゲートに設置された端末に手を置いたり、顔を撮影すれば瞬時に入場の可否判断がされ、入場できるというものだ。

 Tickets.comはMLBの子会社で、全30チーム中23チームの主要チケッティングパートナーとなっている。また今回の提携において、ClearはMLBの公式生体認証とチケッティングのパートナーである。

 実はMLBが導入を決める以前に、2015年からサンフランシスコ・ジャイアンツやコロラド・ロッキーズなどMLBの9チームがClearと提携し、それぞれの本拠地にClear優先入場レーンなどを設けていた。今回はそれがリーグ全体に拡大した形である。MLBは7月に行われたオールスターゲームや秋のプレーオフでClearレーンを先行導入し、来シーズンにリーグ全体に広げるということだ。

将来的には顔画像を登録しておけば瞬時にゲートを通過できるようになる
(写真:Clear)
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 今回の提携についてMLBのノア・ガーデンビジネス担当上級副社長は「Clearとのコラボレーションは、ファンにとって安全でシンプルでシームレスな体験を提供する、重要な新技術イニシアチブです。技術とチケット発券を統合するパートナーシップを構築することは、球場のアクセシビリティを常に向上させ、重要なセキュリティー基準を維持するという我々のコミットメントを反映しています」とコメントしている。

NECがLPGAの公式技術パートナーに

 一方、自社が持つ顔認識技術を米国で盛んに売り込んでいるのが日本のNECだ。同社は8月、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会において大会関係者(アスリート、運営スタッフ、ボランティアなど)の会場入場時のセキュリティーチェックに、顔認証システムが導入されることが決まったと発表した。

 米国では7月、米女子プロゴルフツアーのLPGAがNECとのそれまでの提携を拡大し、公式技術パートナーにしたと発表した。NECの顔認識技術「NeoFace」によってスムーズな入場とセキュリティーの向上が図られる。

米女子プロゴルフツアーLPGAの公式技術パートナーになったNEC。自社が得意とする顔認識技術を活用したシステムをLPGA主催のゴルフ大会に導入する
(図:NEC)
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 両者は2017年、カリフォルニア州パームスプリングスで開催されたANAインスピレーショントーナメントでパイロットプログラムを実施した。この大会では報道陣やVIPがコースの周囲に設けられたセキュリティーエリアに、顔認証で入場できるサービスが提供された。

 NeoFaceはビデオフィードから群衆の顔を抽出することができ、さらに顔とデータベースを照合して、毎秒最大302万件の検索要求を処理できる。既存の監視システムと統合することで、既知のセキュリティー上の脅威を正確に特定。会場でセキュリティー担当者に警告することで、数万人のスポーツファンの安全を確保できる、としている。

 NECのカスタマーエクスペリエンス担当ディレクター、アレン・ガンツ氏は「現在の利便性への期待を現実にしています。顧客は電話しているようにスタジアムのドアを通り抜けられるようなレベルを期待しているのです」と胸を張る。

 さらにNECは顔認識技術だけでなく、画像認識技術により、選手が打ったボールの打ち上げ角度、回転速度、その他有用な情報をLPGAに提供するサービスも行っている。これによって選手は自分たちの正確な情報を手にし、プレーの改善に役立てることができる。NECも、こうした情報をメディアなどに販売することもできるという。

プライバシーや情報管理に課題

 こうした生体認証技術の導入が加速する一方で、懸念の声もある。個人のプライバシーや保存された情報の管理という課題だ。

 今年3月、米有力紙のニューヨーク・タイムズが、NBAのニューヨーク・ニックスやプロアイスホッケーNHLのニューヨーク・レンジャーズが本拠地とし、ボクシングの聖地ともいわれるマジソンスクエア・ガーデン(MSG)が金属探知機ゲートの上部にカメラを設置し、顔認証技術を使って不審者の判別を行っていると報じた。

 同紙の取材に対してMSG側は、「MSGは新技術の使用を継続してテストし、お客様に安全で素晴らしい体験を提供するために最も効果的なセキュリティー手順を採用していることを確認しています」とコメントしただけで、顔認証技術の使用についての回答を拒否した。このため、カメラがどのように使用されているかは判明していない。セキュリティーだけでなく、マーケティングやプロモーションに使用されているとする専門家もいたという。

 実際、セキュリティーという観点では、システムや導入の詳細を明らかにしにくい一面があるのは事実だ。米国では少なくとも2つのアリーナが顔認証技術を試験導入している。NBAの広報担当者は「リーグとチームは、顔認識を含む最先端技術の使用を模索しており、業界最高のセキュリティー対策を講じて、アリーナのすべての人々を保護しています」とコメントしているものの、NHLはコメント拒否している。