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渡辺史敏の「米スポーツ産業ヘッドライン」

マスターズ優勝、不死鳥タイガー・ウッズの経済効果

2019/05/14 05:00

渡辺 史敏=ジャーナリスト

 男子ゴルフ界のスーパースターはまだ終わっていなかった。2019年4月14日、米国のタイガー・ウッズ選手は、今シーズンのメジャー第1戦である「マスターズ・トーナメント」で優勝を成し遂げた。実に、2008年の全米オープン以来11年ぶり、15回目のメジャー大会の制覇である。マスターズでの優勝は5回目だが、2005年以来だった。

 ウッズ選手は一時代を築きながら、不倫騒動や投薬による運転マナー違反での逮捕、4度に渡る腰の手術などで長く低迷してきたが、不死鳥のように蘇った。この復活劇は日本でも大々的な報道がされたが、地元の米国ではそれ以上に「タイガー・ウッズ効果」ともいえる大きな現象が起きている。

ナイキがウッズ選手の優勝決定直後に放送した同選手を祝福するCMを掲載したツイッター。この投稿には4月23日までに10万を超えるリツイートと36万以上の「いいね!」がされている(図:ナイキ)
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生放送の視聴率が低迷した理由

 まずテレビ中継だが、マスターズの最終日は地上波のCBSが放送し、世帯視聴率は6.9だった。これは1993年の視聴率6.8よりは良いものの、決して高い数字ではない。平均視聴者数は1080万人で、昨年の1300万人を下回った。

 ただ、これには理由があった。今回、会場となったジョージア州オーガスタには最終日午後遅くから悪天候の予報が出ており、大会本部はそれを避けるためにウッズ選手たち最終組のティーアップを当初予定より6時間も早い、現地時間の午前9時20分に繰り上げたのだ。西海岸では午前6時20分となり、高視聴率は到底望めない放送となってしまったのである。

 しかし、優勝が決定した午後2時15~30分の視聴者数は1830万人を記録している。これは昨年のピークだった午後6時15~30分の1680万人を上回った。さらにCBSは生放送終了直後の午後3時から中継の再放送を実施、生放送とこの再放送を合わせると平均視聴者数1540万人、視聴率9.9と高い数字となる。いかにウッズ選手の優勝に注目が集まっていたかが分かる。

SNSのフォロワー数は1000万人超

 実は、これは放送にCMを出した企業も同じだった。調査会社iSpot.tvによれば、CBSと最終日の前日まで放送を担当したスポーツ専門局ESPNが今大会で放送したCMは、昨年の301を大きく越える407に上ったという。広告収入も前年比40%増の3410万ドルに達したと推計している。

 またCBSスポーツは自社のデジタルプラットフォームとマスターズのサイト、モバイルアプリでライブストリーミングを実施し、10億人以上が視聴したと発表した。これはマスターズでの新記録である。4日間を通しての毎分平均視聴者数は44万7000人だったという。

 日本ではウッズ選手への注目度が急に高まったように見えるが、米国では少し事情が異なる。ソーシャルメディア測定企業、MVPindexによればウッズ選手が試合を欠場するようになった2014年にフェイスブックとツイッター、インスタグラムのフォロワーが合計730万人だった。それが2015年には820万人に増加、逮捕された2017年には1020万人に増えた。そして試合に本格復帰し、ツアー選手権で5年ぶりに優勝した2018年にはフェイスブック300万人、ツイッター630万人、インスタグラム110万人の計1040万人にまで達していたのである。

 また、MVPindexとデジタルスポーツネットワークの120 Sportsが発表した2016年の米国におけるソーシャルメディアで最も価値があったスポーツ選手ランキングで、ウッズ選手はプレーしていないにも関わらず7位となっていた。ツアーに完全復帰できない間も、ファンは彼に関心を寄せ続け、会話をしてきたのである。そして昨年の復帰により、大会開始前からマスターズ制覇、完全復活する姿を見たいという期待が非常に高まっていた。それが前述の放送CM数の急増という形でも現れていたのである。

 そんな広告を出稿している企業の中でも評価を上げているのが、スポーツ用品メーカー大手の米ナイキである。

ウッズを見捨てなかったナイキ株が上昇

 かつてウッズ選手は広告でも飛び抜けた存在で、多数の契約を結んでいた。しかし不倫騒動以降、通信大手のAT&T、コンサルティング大手のアクセンチュア、スポーツ飲料のゲータレード、日用品のジレットなどが次々とスポンサー契約を打ち切ることになった。しかし1996年に契約を結んだナイキはウッズを見捨てることをせず、契約を継続してきたのである。創業者で元CEOのフィル・ナイト氏は回顧録で、ウッズは家族の一員のようだと記している。

 そして今回、ナイキがウッズ選手の久々のメジャー制覇で高く評価されることとなった。優勝決定直後に同選手が子供時代に「ジャック・ニクラウスを倒す」と話す姿やマスターズ初優勝の映像を使った復活を祝福するCMを放送、このCMを掲載したツイッターの投稿には4月23日までに10万を超えるリツイートと36万以上の「いいね!」がされている。宣伝効果は2500万ドルに達するとの見方もあるほどだ。

 4月18日までにナイキの株価は4.9%上昇し、時価総額は2019年初めの1170億ドルから1402億ドルにまで増加した。これにより2016年に引退したものの、同社の株の20%を所有するナイト氏の資産も2億5400万ドル増えて357億ドルとなったということである。

 今回ウッズ選手はマスターズを制したことでトップ選手の座を完全に取り戻したという声も高まっており、ラスベガスのスポーツ賭博では早くも来年のマスターズ連覇の最有力候補に上げられたりしている。ただ、ここに来るまでには本人、周囲、ファンによる多くの物語があったのである。