梶田 そうですが、当時考えたことは、間違えてはいけないということでした。私が大間違いをすると、小柴先生や戸塚先生が築いてきた信頼を失ってしまう。実験グループ全体の信頼も失ってしまいます。

山口 科学者として大発見をしたいというお気持ちではなく。

梶田 もともとは陽子崩壊を探すという実験をしていたわけです。ところが、焦点を当てていなかったニュートリノに“おかしな”ことがあると分かった。これはあまりにもサイエンスとして重要なことなので、どうにかして自分が何らかの形で貢献したい、貢献できればな、という思いがありました。

山口 貢献したいという思い。知のフロンティアを少しでも切り拓くところに科学者として無限の喜びを感じるということですね。

ニュートリノ質量よりも驚いたのは…

山口 いろいろな可能性の中で「ニュートリノ振動は間違いのない現象だ。よってニュートリノに質量があることは間違いない」という確固たる判断に行き着いたのは、いつでしょうか。

梶田 明確に行き着いたのは最初の論文発表から10年後の1998年です。データ解析をしていたカミオカンデは残念ながらニュートリノ反応の数が足りず、結局、約20倍の速さでデータが集められるスーパーカミオカンデを待つ必要がありました。

山口 でもニュートリノ振動が起きると勇気を持って言うためには、前述のように物理学の標準理論に盾突かねばなりませんね。アインシュタインの相対性理論によれば、光速ならばニュートリノは変化しません。ニュートリノが質量を持つから、光速よりも少し遅く飛び、振動が起こる可能性がある。「それでも質量は存在する」と言うのは勇気がいると思うのですよ。

梶田 私たちが本当に驚いたのはニュートリノ質量よりも、「混合角が大きい」ということでした。つまりニュートリノ振動でミューニュートリノからタウニュートリノに変わる可能性は理論的にはあるけれど、それはほんの少しだとみんな思っていた。それがある距離走ったところで全部、タウニュートリノになっているようだ。ここがたぶん世の中の人たちが、ニュートリノ振動を受け入れるのに10年かかった1つの要因だと思います。

(写真:栗原克己)
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山口 ミューから全部タウになるという理論はあるのですか。

梶田 当時は考えられていなかったと思います。クォークの物理をそのまま当てはめると、わずかにしか変わらないだろうと予想していたので、みんなニュートリノ振動ではないと思っていました。

山口 ニュートリノに全く違う物理が働いているということですね。今はもうだいたい承認されているのでしょうか。

梶田 はい。なぜか分からないけれど、ニュートリノと、クォークに働く物理は相当違うということは受け入れられています。

山口 ただ、ニュートリノは質量が異常なほど小さいですよね。これは何か素粒子の体系性からはみ出しているという感じがします。

梶田 おっしゃる通りです。ニュートリノの質量は、一番重いニュートリノでも、ニュートリノ以外で一番軽い電子に比べてだいたい1000万分の1になる。すると質量をつくる全く新しいメカニズムが必要であることは物理学界では完全に合意されていることだと思います。

山口 この異常なほど小さい質量こそが、宇宙の起源を解くカギになるのですね。138億年前に宇宙がビッグバンで誕生して、このときは物質(マター)と反物質(アンチマター)は同じ数でなければおかしい。ところがそれがどんどんくっつき、対消滅していってエネルギーに変わり、最終的に物質だけがほんの少し多く残った。だからこそ物質で作られた私たちがこうして今、ここに存在しているわけです。つまり物質の方がほんの少し反物質より多かった。

梶田 その通りです。まさしく物質と反物質の数がなぜ違うのかは大きな謎です。その謎を解くカギがニュートリノにあるのではないかと考えています。