試合の流れを「波」で捉える

 プレーパターンは、攻撃と防御の特徴的な動きを8つ抽出して分類しました。例えば、「前進してくる相手と距離を保つために後退する」防御寄りのプレーを「ロンぺ・ブロック」と名付けました。このプレーパターンの並びを、同じ構えでの牽制状態が続く”小波(さざなみ)”、急激に攻めに転じる”大波”のように捉えることで、試合の経過時間に沿った太田選手と相手の動きの流れを可視化しました。終始変化する相手との距離感は、「接近ゲージ」として合わせて記録しました。接近ゲージの数値が高いほど相手との距離が近く、一手で得点が決まりうる緊迫した状況を表します。攻守のバランスを取りながら、相手の懐に飛び込んで突く。太田選手の突きの軌跡は大胆かつ、華麗でした。その飛び込みの感覚に、少しでも近づければとの想いで分析を続けました。

プレーパターンをディフェンスとオフェンスから4種類ずつ、特徴的な動きを抽出して8種類に分類した。(図:LIGHTz)
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 過去1年間の全公式戦について時間を掛けて眺めていくと、太田選手のプレーパターンがだいぶ見えてきました。最大の得点パターンは、攻撃から防御へとトリッキーに振って相手を翻弄し、交戦開始から5秒とたたずに打突する流れです。これが、ネズミタイプの対戦相手を苦手とする大きな理由の1つでした。なぜなら、太田選手のトリッキーな動きに乗らず、じっと身を固めるネズミタイプと対戦すると、基本の構えで“小波(さざなみ)”の状態が続いてしまうからです。太田選手がしびれを切らして攻め始めると、攻撃開始が相手から読まれやすく、飛び出したところをツンと突き返されてしまうケースが多く見られました。そんなネズミタイプの対戦相手に対しても、しっかり距離を開けてフェイントすれば突き返されず、波に乗って一気に得点できている場面もありました。

試合中の太田選手の動きを波で表すシステム。得意な「ヘビ」タイプ(左図)、攻めきれない「ネズミ」タイプ(右図)との1プレーをイラストで再現した。上部の接近ゲージは、赤色が濃いほど相手との距離が近く、緊迫した状況を示す。(図:LIGHTz)
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 太田選手のプレーパターン分析を通じて、巧みに小波を立て、一気に“大波”にして得点する見極めのうまさが強さの秘訣であると実感しました。終始、試合の波の満ち引きを読みながら、何らかの条件が満ちたとき攻撃に移すのです。その分かれ目での判断は、選手によって異なるでしょう。タイミングを逃さないレジェンドの強さ、それを支えるのが直感的な気づきと判断力、すなわち”感性”です。

レジェンドの感性を受け継いでいく

 電通の取り組みで、「Fencing Visualized(フェンシング・ビジュアライズド)」というプロジェクトがあります。

「Fencing Visualized(フェンシング・ビジュアライズド)」プロジェクトの動画「Yuki Ota Fencing Visualized Project - fencing × technology」(出典:fencing visualized projectのYouTubeページから)

 このプロジェクトでは、太田選手の動きをカメラでモーションキャプチャーし、剣先の軌跡や選手の目線の動きを可視化することで、複雑で美しい競技を分かりやすく表現しています。これは、選手の動きに基づく客観的なデータが起点になっています。これに私たちが解析する感性を起点とした情報を組み合わせられれば、その動きに至るまでの選手の主観的な思考が加わり、太田選手の感じる波を見る側にも伝えられるのではないでしょうか。レジェンドの感性を、誰もが体感できる。そんなビジュアライゼーションもこれからの技術なら可能になると思います。

 太田選手の知見の継承も、直感的なポイントを体系化すると確かなものになると思います。選手が攻めへ転じる判断は、その日の試合展開や瞬間的な相手の姿勢など、各要素が複雑に絡みあって生まれると推測できます。ORINASではその要素の絡み合いをブレインモデルというネットワーク構造にまとめ、学習させてAIを構築することで、誰でもその知見を活用できる仕組みを作っています。その詳細については、次回ご紹介しましょう。

(次回に続く)