super sensing forumの代表を務める中川聰氏のインタビューコラム「中川聰のSUPER SENSING問答」。第1回目となる今回は、中川氏自らがSUPER SENSINGの発想の源流となった、「センサーによる知覚拡張がもたらす未来」への思索を綴る。(編集部)
著者(写真:栗原 克己)

 「思い出」という言葉が在る。辞書によれば「過去の体験を思い出す事」と記されている。「特に印象に残る事柄で今も思い起こすその事」とも解説されている。

 ところで、私達は日々の暮らしを過去の体験した事象の記憶に頼って生きているとも言える。日記をつける行為は日々の体験や思いを自ら書き残しておくことである。勿論、私達は日記等に限らずとも日々のくらしの中で「記録」をつけるという行為も一般的な行為として頻繁に行っている。前者は明らかに思い出として日記を書いた本人の印象や、その時に抱いた思いが書かれる内容の骨格を形成しているに違いない他方、「記録」は、そのような個人的な見解を、可能な限り排除して、その場で起きた事象を正確に残す事を目的とした行為であると考えられる。

 そこで、この「記録」と「記憶」の意味する処の違いについて少し考えてみたい。