GaN 系青色LED,青紫色半導体レーザの発明者,中村修二氏が決断した。20年間務めた日亜化学工業を去り,この2月から新天地の米国に渡る。カリフォルニア州にあるU.C. Santa Barbara校で教授に就任する予定。「日本の企業にこれ以上しがみついていても,何もいいことはない。プロ野球選手に習ってFA(フリー・エージェント)宣言した」と, 転職を決意した胸の内を明かす。

--転職を会社に報告したのはいつのことですか。

中村氏  12月27日に辞表を出して「今日で辞めます。明日からは来ません」。それだけですわ。会社の上の方は,誰も知らなかったんじゃないかな。もっとも,いっしょに仕事をしていた現場の何人かは,薄々感じていたようですが。やめる間際になって,普段は散らかし放題の私が机のまわりを整理していましたから。最初は「あんまりきたないから掃除するんだ」とか言ってごまかしてたけど,次の日もまた次の日も整理ていて,ついに何もなくなっちゃてね。「ひょっとして中村さん,やめちゃうんじゃない」なんて噂がたっていたようです。

--会社の外では。

中村氏  1999年10月ころ,米国の研究者間でパーっと噂が広がったんです。大学の教授になるためには合計20人近くの研究者の推薦状が必要だとかで,いろいろ動き回っているうちにバレちゃったみたい。噂がどんどん広まったみたいです。それを聞きつけた企業や大学から,いろいろな誘いがありました。

--日本企業からも,かなり誘いがあったでしょう?

中村氏  1社もなかった。無理でしょ,日本企業の体質では。…(中略)…。