世界を驚かせたRCAの開発発表 (NIKKEI MICRODEVICES 2007年6月号より)

 「研究開発とはすべて人がやるもの」。液晶ディスプレイの基礎を築き上げた科学者・技術者との交流を通して強く感じることである。研究開発には,その時代の技術進歩とともに,そこに携わった人々のドラマがある。こうした開拓者の熱意なくして,実用化に結び付くことはない。

 筆者は,液晶の基礎を築いた世界の37人の科学者・技術者と,交流を続けている。こうした交流や近年のインタビューの記録1)を基に,液晶ディスプレイの黎明期の姿を当時の逸話も交えて明らかにする。

1)Kawamoto, H.,“The History of Liquid-Crystal Displays,”Proc.IEEE, vol.90, no.4, pp.460-500, Apr. 2002.

液晶の始まりは植物学者による発見


図1●液晶の発見者
出典は,Historical Exhibition, the 12th International Liquid Crystal Conference, Freiberg, Germany, Aug.15-19, 1988.。

 1888年,オーストリアの植物学者Friedrich Reinitzer氏は,植物から採取した液体が145 ~179℃の間で白くにごる現象を発見した2)。ドイツの物理学者Otto Lehmann氏がその液体を調べたところ,複屈折性を示すことが分かった(図1)。複屈折性はそれまで結晶にしか見られたことがなく,複屈折性を持つ液体の発見は初めてだった。そこで,この材料は「液体と結晶との両方の性質を持つ」という意味で「fliessende krystalle」と名付けられた3)。これが「液晶」という名称の起源である。

2)Reinitzer, F.,“Beiträge zur Kenntniss des Cholesterins,”Monatschr, Fur Chem., vol.9, pp.421-441, 1888.
3)Lehmann, O.,“Über fliessende Krystalle,”Z. Phys.Chem., vol.4, pp.462-472, 1889.

 それから約80年間,液晶を研究対象としていたのは英国Faraday学会などの学者だけだった。従って,当時は「電子表示に使える」とは夢にも思われていなかった。応用といえば,米Westinghouse社がカラー表示の温度計に使った程度だった4)

4)Fergason, J.L.,“Liquid crystals,”Sci.Amer., pp.77-85, Aug. 1964.

DSMを発明した二人の科学者

 液晶が表示に使えることを発見したのは,米RCA社のDavid Sarnoff研究所に勤めていたGeorge Heilmeier氏である。同氏がゲスト・ホスト・モードに続きDSM(dynamic scattering mode)を発明したことで,液晶は表示装置に使われるようになった。

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