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チューニング部品のエッチ・ケー・エス(本社静岡県富士宮市)。“台数至上”の自動車業界にあって,対象を絞り込んで仕事をする。一般人お断り。クルマ好き,走り好き大歓迎。彼らはクルマのためなら出費を惜しまない。ボリュームゾーンを少し外したところに,おいしい市場があるはずだ。

 エッチ・ケー・エスの長谷川浩之社長とは「こだま」でよくお会いする。彼の会社が新富士の近くで,私は時々三島へ行くからね。実は15年くらい前に顧問をしていた時期がある。立派な会社になっちゃったけど。

半音高い歌を歌う

 エッチ・ケー・エスというのはクルマのチューニングに使うアフターマーケット部品で大きな存在感を持つ。製造を下請けに任せて“商社”になっちゃっているところも多いが,エッチ・ケー・エスは電気モノの一部を除いてほとんど内製だ。

 単なるチューニング屋さんと思ってはいけない。守秘義務があって,長谷川社長も詳しくは教えてくれないんだけど,大メーカーの一番スポーティーなモデルなんかは,開発から何からエッチ・ケー・エスに丸投げらしい。大メーカーはリストラで,台数の出ないモデルの設計に人を割く余裕がなくなってるんだ。走り込んでの仕様決定って,ある意味チューニングだからね。

 初めから「1社当たり年産400万台で勝負」なんてことは考えてない。そんなことは大メーカーに任せておけばよい。クルマが好きな,走りが好きなお客様に絞り,そこで利益率の高い仕事をする。私は「半音高い歌を歌え」って言うんだけど。人とちょっと違うことをするのが成功の秘訣なんだ。ボリュームゾーンは誰でも狙うからね。

一瞬のロスも許されない

 もともとはエンジンに強かったんだけど,今はサスペンションやメーターも手掛ける。最近は変速機にも進出した。そのきっかけはやっぱりエンジンだ。市販車を改造して加速を競う「ドラッグレース」という分野がある。エッチ・ケー・エスは,これに参加する人向けに,エンジン部品を供給してた。ところがエンジンの出力を上げると,変速機が壊れちゃう。

 で,壊れない変速機を作ろうということになった。剛性の高いケースに強度の高いギアとシャフトを組み込んで,手動変速機(MT)をケースもろとも載せ替える。

 ここで登場するのがドグクラッチだ。クラッチといっても踏む方のクラッチじゃないよ。変速機の中のクラッチ。各ギアに,シャフトの回転を伝えたり切り離したりするクラッチだ。普通はここにシンクロナイザを使う。どんな人でも操作できるからね。でも競技用ではドグクラッチを使ったドグミッションが主流だ。


図1●ドグクラッチ

回転力はギアからセレクタリング,さらにシャフト(描いていないが中心にある)へと伝わる。またはその逆。

 ドグクラッチは,駆動側,被駆動側のツメ同士をかみ合わせて動力を伝える(図1)。シンクロナイザと違い,2つの回転体に回転差があっても同期させず,強引にかみ合わせちゃう(図2)。同期を待つ時間が要らない分だけシフトが速い。シフト時間が1/3~1/5に短くなって0.04秒くらいになる。ドラッグレースでは動力が途切れると痛いからね。半面,二つの回転体の回転差が大きいと,かみ合い損ねることがある。衝撃がドカンと来ることもある。操作にワザが要る。“違いの分かる人”専用。市販車には向かないだろうね。


図2●ドグの模式図

シフト操作をするとツメがかみ合って力を伝える。うまく入るとは限らない。

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