米IBMはナノスケールでの磁気共鳴画像法(MRI)において新技術を開発した。固体試料に埋もれた単一電子により生じるかすかな磁気信号を直接検出するという技術だ。

 この新技術は,分子の3次元画像を原子レベルの解像度で確認できる顕微鏡の開発に向けた一つの到達点といえる。そのような顕微鏡が開発されれば,タンパク質や医薬品,IC,工業用触媒といった材料の研究に大きな影響を与える。研究においては詳細な原子構造を知ることが非常に重要となる。例えば,微小なナノ電子構造における特定原子の正確な位置を特定できれば,設計者はナノ電子構造の製造方法や性能についてより高度な検討を行える。また,タンパク質の詳細な原子構造を直接画像にできれば,新薬の開発が容易になるといった効果が見込める。

 IBM Almaden研究所(米California州San Jose)のナノ研究の責任者,Daniel Rugar氏は「いつの時代も,物質がよりはっきり見えれば,決まって重要な新発見や新しい洞察がもたらされてきた。この新しい画像化技術も,後から振り返ってみれば,ナノテクノロジーや生物学の分野において重要な発展をもたらすにちがいない」と語る。

 Rugar氏は磁気共鳴力顕微鏡(MRFM)と呼ばれるナノスケールのMRI手法について,先駆的な開発を10年以上も続けている研究チームのリーダー。この研究チームはMRIの感度を,人体組織の画像化に用いられている医療用のMRI装置と比較して,約1000万倍にも向上させた。そしてMRIは感度が向上したことにより,ナノ領域でも使用されるようになった。

 MRFMの最大の特徴は,シリコン製のマイクロカンチレバーである。それは飛込台のミニチュア版のような形をしており,厚さがヒトの毛の1000分の1というものである。このマイクロカンチレバーは毎秒約5000回の周波数で振動する。マイクロカンチレバーの先端には,小さいながらも強力な磁性粒子が取り付けてある。

 単独の(対になっていない)電子や多くの原子核は,微小な棒磁石のように振舞う。この磁石の基本単位はよく「スピン」と呼ばれる。ちょうど2つの棒磁石が互いに引き合ったり退け合ったりするように,磁性を帯びたカンチレバーの先端は,試料内部のスピン状態により,試料に引かれたり試料から退けられたりする。高い周波数で振動している磁界を,画像として映し出されるスピンが自ずと歳差運動する程度に調整すると,スピンの磁極がカンチレバーの振動に合わせて反転を繰り返す。磁性を帯びたカンチレバーの先端とスピンの間に働く磁力は極めて小さい(1兆分の1のさらに100万分の1ポンド未満)が,カンチレバーの感度は非常に高いため,スピンの磁極の変化がカンチレバーの振動周波数の変化として検出される。

 医療用MRIが少なくとも1兆個の陽子のスピン状態を見るのに対し,IBMではさらに微弱な単一電子の信号を検出した。さらにIBMでは,解像度25ナノメートルの簡素な(1次元の)画像を表示してみせた。これは,従来のMRI方式の顕微鏡で得られる最高解像度の約40倍の解像度である。

 今後のRugar氏の研究では,MRFMの感度や解像度,処理速度を向上させて,単一陽子や分子構造解明に使われる炭素13などの原子核を検出できるようにすることがその目標となる。(単一電子の磁気信号は単一陽子の磁気信号より約600倍強い。)

 MRFMをタンパク質の構造解明に適用すれば,その効果は非常に大きいであろう。大きなタンパク質分子の生物活動は,複雑に折りたたまれた原子構造により決定づけられる。しかし現在のところ,そのような構造を直接的に把握することは不可能で,結晶タンパク質を用いたX線散乱やコンピューターシミュレーションなどの間接的な手法を用いなければならない。またMRFMがさらに改良されれば,スピン状態の量子を利用した将来の量子コンピュータでは,量子情報の検出にも利用できるであろう。

 IBM研究所は,ナノイメージングやナノサイエンス用途の顕微鏡の開発において,輝かしい歴史を持っている。IBMチューリッヒ研究所のGerd Binnig氏とHeinrich Rohrer氏は,走査トンネル顕微鏡の発明で1986年ノーベル物理学賞を受賞した。またBinnig氏はその後,原子間力顕微鏡(AFM)を発明した。IBMなどの研究者らはこのAFMの設計を改造,拡張し,試料表面の磁力や摩擦力,静電引力をナノレベルの解像度で画像化できるようにした。結果,AFMとMRIの両方の概念を組み合わせたMRFMでは,試料表面から100ナノメートルの深さまでの様子をナノレベルの解像度で画像化することが可能になった。

 Ruger氏,John Mamin氏,Raffi Budakian氏,Benjamain Chui氏によるIBMの研究チームは,その単一電子を用いた研究成果を,英科学誌「Nature」7月15日号で発表している。この研究の一部は,米国防総省高等研究計画局(Defence Advanced Research Projects Agency:DARPA)によって資金提供を受けている。MRFMの写真,およびコンピューターアニメーションによるMRFM稼動の様子は,http://www.research.ibm.com/resources/news/20040714_nanoscale.shtmlで閲覧できる。(西村 勝彦)