国立大阪医療センター、救急治療を数秒間隔で記録できるER経過記録システムを開発

2015/03/16 00:00
増田 克善=日経デジタルヘルス協力ライター

 国立病院機構 大阪医療センターの救命救急センターは、数秒間隔で処置・経過の記録を実現するER経過記録システムを構築・運用している。救急現場での経過記録には通常、紙の記録票が用いられ、システム化を試みるところは少ない。FileMakerで構築された同システムは、切迫した状況で行われる救急治療を妨げることなく、正確で迅速な経過記録が可能だという。

ER経過記録のシステム化にチャレンジ

 国立病院機構大阪医療センターの救命救急センターは三次救急に対応した施設で、主として外傷、急性中毒、熱傷、心肺停止、ショック、臓器不全など重症救急患者の診療を行っている。また、政策医療の1つである災害医療を担い、地域診療支援体制の充実や医療情報ネットワークへの参画、災害訓練の継続的実施などを通じて局地および広域災害に対応する西日本の災害拠点病院でもある。13人の救急科専従医師を擁し、年間200症例前後の病院外心停止や約120症例の重症外傷など、年間約900件の救急患者に対応している。

年間約900件の救急患者を受け入れる大阪医療センター救命救急センター

 救急医療の現場における診療情報の電子化には高い壁がある。救急外来では短い観察期間の間に緊急度の高い疾患を診断、治療しなければならない。電子カルテなどのシステム操作が迅速な治療の妨げになるようでは困るからだ。近年では救命救急センターでも電子カルテが運用されるようになったが、処置オーダーや処置記録は紙による運用が多く、診療後に必要最小限の情報を電子カルテに手入力するか、スキャンデータとして保存するケースが多い。

 大阪医療センターでは、2000年から各診療科でFileMakerを基盤としたカード型電子カルテを構築し、メーカー製電子カルテシステム(現在はHOPE/EGMAIN-GX)の入力インターフェース、および参照系として運用している。救命救急センターでもFileMakerによるER外来カードカルテを運用しており、救急医が診察記録を入力するが、処置・経過記録は看護師が専用紙カルテに手書きで記載し、退院時にスキャンして診療文書として保管していた。

 「治療中のバイタルサインや意識レベル、処置内容を経時記録するために看護師1人が専従しますが、夜間は病棟師長が応援として記録係になるため、正確で迅速な筆記記録が難しいことがあります。また、手書き記録はスキャン文書として保存されるものの電子カルテに転載されないので、カンファレンス参加者全員で治療行為の検証を行うことが困難でした」。救命救急センター医長の上尾光弘氏は、手書き経過記録の課題をこう指摘する。

大阪医療センター救命救急センター医長の上尾光弘氏

 さらに、処置や使用薬剤などの医事情報は、医事会計部門のスタッフが経過記録票を見ながら医事会計システムに手入力していたため、作業負担も大きかった。「電子カルテのオーダー情報と医事会計システム上のレセプト内容は一致していないといけないが、救命救急センターの電子カルテにはオーダーに関するデータが入っていないので、医事会計システム側のみにレセプト情報が存在するという状態でした」(産科医長/医療情報部長の岡垣篤彦氏)と、処置内容から算出する出来高コストの正確な把握も難しかったと説明する。

産科医長で医療情報部長を兼務する岡垣篤彦氏

 従来からこうした課題はあったものの、「ERの経過記録をリアルタイムで入力するのは難しいだろうと諦めていました。FileMakerなら開発可能かもしれないと岡垣先生から示唆されたことが開発のきっかけになりました」(上尾氏)と、ER経過記録システムの開発に着手したきっかけを話す。

迅速・正確な記録を実現、治療の評価・検証にも寄与

 岡垣氏が設計したプロトタイプは、院外心停止で搬送された患者に対して、心肺蘇生の際の気管内挿管、血管確保、薬剤投与など基本的な処置内容をリスト化し、選択入力すると実施時間とともに経時記録されるもの。また、実施した処置で派生する医事情報や薬剤オーダー情報をそれぞれのシステムに転送する仕組みを後に設計した。「アイデアとプロトタイプは提供したものの、選択項目だけでERの記録内容をカバーできるのか、多くの処置の速やかな実施が求められる環境で、素早く項目を選択入力できるのか――誰も試みたことがないし、実用化できるか全く不明でした」(岡垣氏)と振り返る。

 このプロトタイプをベースとして、上尾氏をはじめとする救急看護スタッフが、まず心肺停止(CPA)患者を対象とした主な処置を洗い出し、迅速に入力できるテンプレート化を試みた。その後、医事情報や薬剤オーダー情報を抽出・転送する手順をトライ・アンド・エラーで作り込んでいった。

 その結果、CPAのER経過記録システムは2013年11月頃から試験運用を始め、2014年1月から本格運用を開始した。「CPAの処置はほぼ決まった内容を繰り返し行うため、入力操作に慣れることを目標に、先行運用を始めました。数か月間運用してみて、現場運用に耐えられ有用性があると全スタッフの評価を得たことから、CPA以外の三次救急用記録項目のテンプレート開発に着手し、同年7月頃からは、すべてのER経過記録用として運用しています」(上尾氏)と経緯を説明する。

 ER経過記録ツールの画面左側には、来院所見(来院時のバイタルサイン)、CPA(CPA患者用入力テンプレート)、3次(CPA以外の3次救急患者入力用テンプレート)の他、処置(医事情報が発生する処置項目のリスト)、薬剤(救急外来に配置されている薬剤のリスト)が用意されている。右側は処置内容を経時記載するフィールドとなっている。搬送された救急患者が初療室に入ると、まず、救急医の診察やバイタルサインの測定結果をもとに記録担当看護師が来院所見フィールドにバイタルサイン、外傷所見などを入力する。具体的には、意識レベル(Glasgow Coma Scale)、収縮期・拡張期血圧、脈拍、体温、呼吸数、瞳孔径、対光反射などを入力する。

画面左の各フィールドに経過や処置、投与薬剤などを入力すると、画面右に経時記載される。「記載・オーダ」や「記載・薬剤」タブを開くと全経時記録から処置行為、投与薬剤がリスト化される(経時記録の右側)。
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 経過記録の入力は、基本的にCPAあるいは3次の入力用テンプレートを用いて行う。テンプレートの中身は経時的なバイタルサイン入力ツールの他、心肺蘇生や外傷初期診療のA(気道)、B(呼吸)、C(循環)の各項目別に、重要な観察項目や記録項目、実施頻度の高い処置項目を迅速に記録するための簡便な入力ツールを作成している。また、主な投与薬剤、投与経路・流量、創傷処置などのフィールドも設けられ、詳細でスピーディーな入力を支援する。記録担当看護師が処置と並行してテンプレートの各フィールドに情報を入力し、確定ボタンを押すと、画面右の経時記載フィールドに時刻(確定ボタンクリック時刻)と処置内容や経過が次々とリスト化される。数秒間隔の入力にも対応でき、詳細で正確な経過記録を作成できる。フィールド内に掲示された頻用される薬剤や処置以外のものは、処置、薬剤のテンプレートのリストから容易に検索して入力することができる。

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CPAや三次救急用テンプレートで入力できない処置や薬剤は、それぞれの登録リスト(画面左側)から選択して入力する。
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 容易かつ迅速な経時記載を可能にした入力インターフェースを開発し得たのは、救急現場に携わっているスタッフの知見をツールに実装できたからだ。「完成度を高められたのは、救急現場の医師や看護師が設計・開発を手掛け、運用しながらチューンナップを繰り返したからで、ユーザーメードならではの使いやすさを備えた医療ITツールと言えます」(岡垣氏)。全診療科でFileMakerによる電子カルテインターフェースを構築してきた大阪医療センターだが、その中でも診療業務で発生する情報を過不足なく記録できるという点で、最も優れた診療支援ツールだと岡垣氏は強調した。

医師は救急処置終了後に「総合救急部診療録」というFileMaker版のカルテを開き、処置中に看護師が入力したER経過記録(画面右側)を参照しながらカルテ記載を行う。
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 経過記録を完全に電子化できたことで、バイタルサインなどはコピーボタンを押すだけでER外来用電子カルテに自動転記でき、カルテ側からも経過記録を参照できるようになった。「漏れなく正確な処置や病態変化を記録できるようになったことに加え、カンファレンスの際に治療の評価・検証がしやすくなった」と、上尾氏はER経過記録システムの有用性を指摘する。

他部門のシステムとのデータ連携で事務作業の効率化を実現

 ER経過記録システムのもう1つの特徴は、医事会計システムへのデータ連携や電子カルテと連携した薬剤オーダーへのデータ引渡しができる点である。経過を入力した際に、種々の処置、薬剤投与など医事情報が発生する項目はカッコ付けで記載され、経過記載された列の右側に医事情報として自動的にリストアップされる仕組みだ。治療終了後に看護師は再度経過記載をもとに医事情報に漏れがないかをチェックし、必要に応じて処置や薬剤一覧から追加登録を行うことができる。チェック後のリストを保存すると医事会計システムにデータが渡され、医事部門のスタッフも経過記録を参照しながら一連の医事情報を再チェックでき、正確なレセプト処理が行われる。

 従来、手書きの経過記録票を見ながら医事情報を入力し、また、記録が不十分なために診療行為の実際を現場に頻繁に問い合わせながら医事情報を完成していた医事部門スタッフの業務負担は大幅に減り、出来高コストの正確な集計が可能になった。「救命救急入院はDPCによる請求であるため、記載漏れが請求に大きく影響することはありませんが、出来高点数をきちんと押さえておけるようになったことは経営上、重要です。従来、手書きの経過記録では細かな処置の記載漏れが見受けられ、正確な出来高を見逃すことがありました。」(上尾氏)という。

 一方、救急外来での薬剤投与は配置薬剤を使用するが、従来は看護師が手書きした伝票で薬剤部に補充を発注し、その伝票を基に電子カルテでオーダー処理を行うという手続きだった。「看護師による処方オーダー代行を医師が事後承認するというプロセスが明確でなく、手順を何とかしたいと考えていました。また、薬剤補充の伝票処理の煩雑さや、配置薬剤の在庫を薬剤部本体と一体管理することが難しいといった課題もありました」(上尾氏)といい、ER経過記録の医事情報連携の仕組みと同様に、薬剤投与記録データを転用して処方オーダー(薬剤発注)に利用する仕組みを実装した。

 ER経過記録上に記載された薬剤は自動的にリスト化して経過記録と並列して表示できる。記録担当看護師が経過記録と照合し使用薬剤をチェックした後にカルテ保存するとそのデータは医師のER診察記録用カードカルテに転送される。担当医は、この使用薬剤リストが指示した内容と齟齬がないかを確認したのち薬剤一括発行ボタンをクリックし正式に処方オーダー発行する。そのオーダーを基に薬剤部スタッフが毎朝、配置薬剤を補充する。同時に処方データは、医事会計システムへも転送される。

救急治療のフローチャートを組み込み、病棟での運用も視野に

 こうしたデータのシステム間連携は、メーカー製電子カルテシステムの入力インターフェース層にFileMakerを基盤とした診療科別カード型カルテシステムが構築されている大阪医療センターだからこそ可能になったもの。「HOPE/EGMAIN-GX側に簡単な改造が必要なため、どこの医療機関でも実現できる仕組みではありません。しかし、ER経過記録システムは救急医療の現場での運用に耐え得るツールであり、多くの救命救急センターで参考になるのではないでしょうか」(岡垣氏)と述べる。

 ER経過記録システムは、CPAでの運用で約1年、その他の三次救急での運用で半年以上経過したが、救急現場の業務に適したツールとして、経過記録の標準化と密度の高い記録に寄与している。また、医事部門や薬剤部門のシステムとも連携し、それぞれの業務効率化に貢献している。上尾氏は、このツールの基本的な仕様が、短時間に刻々と変化する状況を記録するのに極めて有用なことから、一般病棟でも有用な経過記録ツールを作成することを考えている。

 例えば、病棟の入院患者が急変した際に患者の状態や治療内容の経過を記録するツールとして運用したい考えだ。蘇生救命処置が必要と判断されれば、ただちに現場に居合わせるスタッフで蘇生治療を開始し、救命救急センターやCCUの蘇生チームが応援に駆け付けるというシステムを構築しているが、その際、「経過記録ツールに異常の発見から蘇生治療までのアルゴリズムを必要な連絡や物品なども含めて実装し、その手順に沿ってチェックしながら同時に記録していけるような仕組みがあれば、急変対応にあまり慣れていないスタッフしかいなくても、蘇生チームが到着するまでの間に適切なチーム医療を実施する手助けとなり、同時に重要な記録が抜けることのない有用性の高いツールになると考えています」と上尾氏。

 救命救急センターの処療室ではワゴンに載せたノートPCで使用しているが、「病棟での運用シーンを想定すると、タブレット端末用のユーザーインターフェースを設計する必要があるでしょう」(上尾氏)と、それぞれの運用環境に合わせて現場のニーズを即座に反映できるFileMakerの利点をあらためて強調。その可能性の広がりに期待を込めていた。

■病院概要
名称:国立病院機構 大阪医療センター
所在地:大阪市中央区法円坂2-1-14
開設:1945年12月
病床数:694床
Webサイト:http://www.onh.go.jp/mokuji/mokuji.html
導入システム:ファイルメーカー「FileMaker Server」「FileMaker Pro 」