蘇州は観光都市から工業都市へ

 上海経済圏は,上海市以上に日本の製造業との関係が深い街がある。上海の西70kmほどに位置する蘇州市を中心とする地域だ。

 蘇州は中国有数の観光地。それほど歴史のない上海と違い,旧市街を中心に漢詩で有名な「寒山寺」などの多数の旧所名跡や,街中を運河が縦横に流れる中国 らしい伝統的景観が楽しめる。「上海蟹」の主要産地である太湖や陽澄湖もある。

 ただし,最近はそうした伝統的なイメージとは別の顔が主役になりつつある。 それは,中国有数の工業都市という顔。実際,蘇州は中国でも比較的早くから工業特区の開発に注力してきた経緯がある。

 その中でも大きいのが旧市街の東に広がる「Suzhou Industrial Park(蘇州工業園区)」と,西に広がる「Suzhou National New & Hi-Tech Industrial Development Zone(蘇州高新区)」である(図1)

図1 日系企業2000社が蘇州に集結
蘇州の2大工業特区を示した。旧市街を挟んで東西に,これらの工業特区が広がっている。2005年以降,蘇州工業園 区はナノテクノロジーの研究施設を集中的に増やし,蘇州高新区はサイエンス・シティや日本工業村,西部エコタウンの開発を始めている。最近は,蘇州工業園 区の東隣にある「昆山経済技術開発区」も,薄型パネル工場を中心に拡大している。
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 両工業特区では,互いに競争するように開発が続けられてきた。シンガポールに倣って,外資系企業を積極的に誘致した蘇州工業園区内では,「誘致を開始し た1994年以降,年率30%前後で拡大し続けた結果,GDP(域内総生産)は当初の約100倍になった」(蘇州市の2009年5月の発表)という。

 蘇州工業園区内にある金鶏湖周辺は,上海市で最も近代化した浦東地区と同様,高層ビルやマンションが多数建ち始めている(図2)。一方,蘇州高新区でも中心街は高層ビルや新しいスタジアムなどが整備され,旧市街と好対照をなしている。

図2 「第2の上海」目指して発展中
図2 「第2の上海」目指して発展中
蘇州工業園区の金鶏湖西岸のビルや集合住宅の様子。高層ビルも増えつつある(a)。マンションの屋上には,太陽熱温水器と思われるパネルが載っていることも多い(b)。

日本と親密な蘇州

 発展する工業特区で蘇州市が特に力を入れてきたのが日系企業の誘致だ。現地に拠点を構える日系企業の数は,蘇州市内だけで約1000社。「グレーター蘇 州(大蘇州)」と呼ばれる周辺都市も含めた地域では約2000社に上る。実際,街中でも日本語教室の広告が目立つ。バスに乗っていると,隣の席に座った 現地の人が日本語で話し掛けてきたりする。

グレーター蘇州=蘇州市に加えて,昆山市,常熟市,張家港市,呉江市などを含むエリア。

 三井住友銀行 蘇州支店 支店長の田中隆一氏は,「上海は世界に開かれた国際都市で,参入企業の国籍もさまざま。一方,蘇州に進出した外資系企業の1/3は日系で,街のインフラ建 設にも日系企業の果たした役割は大きい。市当局の幹部は,ほとんどが完全な日本語を話す日本通だ」と,蘇州と日本の親密な関係を指摘する。単に日系企業が 多いだけではなく,「部材メーカーなども含めた日系企業同士のサプライ・チェーンがかなりできている」。

ハイテクやサービスへシフト

 そうした蘇州の工業特区だが,主力産業は徐々にではあるが変化している。従来多かった,安い人件費に頼る労働集約型の工場から,ナノテクノロジーや半導 体技術の研究開発,ソフトウエア開発,中国が「2.5次産業」と呼ぶサービスと情報通信技術が融合した産業,植物工場といった次世代農業,などへと方向転 換が進んでいるのである。

 背景には,中国全土で最低賃金の大幅値上げや賃上げのストライキが増え,安い労働力の確保が難しくなっている点がある注3)。中国の内陸の都市が発展し 始め,そうした都市や農村から労働力が沿岸部都市へ流入することが大幅に減ったためだ。期を同じくして,日系企業を含む外資系企業が中国を本格的な消費市 場や研究開発の拠点と見なし始めた。「2005~2006年ごろから,中国を単なる安い労働力が得られる工場としてではなく,消費市場として見るように なった。今では,当社の白物家電は日本よりも中国で多く売れている。今後は黒物(デジタル家電)の販売にも注力していく」(パナソニックの三善氏)といっ た具合である。

注3) 例えば,蘇州市では2010年2月に,それまでの月額850元から同960元に,上海市では2010年4月1日に,同960元から1120元に,それぞれ引き上げられた。

 具体的には,蘇州市当局は2005年,北京の中国科学院から,ナノテク・バイオテク研究所を蘇州工業園区に誘致した。ソニーは2009年5月,水銀や重金属の検出技術の共同研究,2010年6月には半導体材料の共同研究で同研究所と提携した。

 一方,パナソニックは2008年1月に,蘇州高新区に半導体工場の新設を発表した。それまでも同区の工場でダイオードなどの個別部品を生産していたが, 新工場ではLSIを含む先端的な半導体製品の製造を始めた。同社の中国法人は現在50社を超えているが,そのうち中国の研究開発拠点の一つとして2002 年に設立したPanasonic R&D Center Suzhou Co., Ltd.(SMRD社)を含む5社が蘇州にある注4)。現在は「上海市で家電製品のマーケティングや企画,蘇州で商品開発という役割分担ができている」 (パナソニックの三善氏)。

注4) パナソニックの中国におけるもう一つの研究開発拠点は,北京市中関村にある。

 2.5次産業の日本からの誘致も始まっている。富士通は2010年3月,日本富士通研究開発中心(FRDC社)蘇州支社を,蘇州工業園区の国際サイエンス・パーク内に設立した。「クラウド」を利用した中国での「SaaS」の研究が目的である。

SaaS=software as a service。ユーザーが使うソフトウエアをネットワーク上で動作させるサービスの形態。

 グレーター蘇州も例外ではない。例えば,トヨタ自動車が蘇州の北に位置する常熟市に,新車両の研究開発拠点を2010年内に設立するという一部報道がある。日本企業が中国を市場や研究開発の拠点として強化する動きはますます加速しそうだ。

出典:2010年7月12日号 pp.18-19 日経エレクトロニクス
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。