新製品の企画を急遽変更

 ある程度期待していたとはいうものの,初音ミク発売後の売上本数の急激な伸びや関連作品の投稿数の爆発的な増大は,伊藤らの予想を「はるかに超えたもの」だった。この人気は,初音ミクに続く新しい歌声合成ソフト「鏡音リン・レン」の開発に影響を及ぼした。

 2007年12月に発売されたこのソフトウエアの特徴は,女の子の「鏡音リン」と男の子の「鏡音レン」の二人組であることだ。だが当初は女の子の鏡音リンだけで開発を進めていた。クリプトン社は初音ミクと鏡音リンをほぼ同時進行で開発しており,初音ミクの声優を藤田咲に決めた2007年5月とほぼ同じタイミングで,鏡音リンの声優を下田麻美に決めていた。藤田の声の収録と平行して下田の声も収録しており,6月中にはこの作業を終えていた。

 クリプトン社の佐々木は下田を起用した理由を,「声に元気があったから」と説明する。声のかわいさを生かした初音ミクと使い方がかぶらないよう考えたからだ。元気な声を生かした歌い方や,連想されるキャラクターを決めつつあった。得意な歌のジャンルも,初音ミクのポップスから,ロック調の曲にする計画だった。

 だが,初音ミクの爆発的な売れ行きを見て考えが揺らいだ。単に声や歌い方,得意なジャンルを変えるだけでは「インパクトに欠ける」(佐々木)。そこで開発初期に一度お蔵入りにした男の子を加えるというアイデアを,再び採用することにした。

 幸運にも下田は男の子の声を演じるのも得意だった。急転直下で浮上したアイデアに実現のめどが立ち,9月下旬,急遽下田のスケジュールを押さえて男の子の声を収録した。

初音ミクや鏡音リン・レンのイラストを担当したKEI氏へクリプトン社が出した指示の概要。なお,発売時には鏡音リン・レンが姉弟という設定はなくなった。
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 そこから2007年12月末の発売に向けて,開発陣は休日を返上し,会社に寝泊まりする日々が続く。本来,一人分でよかった音素ライブラリを同じ開発期間で二人分作る。単純に考えても作業は2倍になる。ちょうど初音ミクがマスコミなどの注目を集め始めたタイミングとも重なり,「取材対応などもあって,当時の記憶がないほど忙しかった」と佐々木は振り返る。