強い技術と確たるニーズ、勝てる東大発ベンチャー

第2回 エルピクセル

2015/08/26 00:00
緒方 健司=ベンチャー支援公認会計士

 大学発ベンチャーとなると、高い技術力に関係者の期待が集まる。特に東大発ベンチャーとなれば、それだけでもかなり話題になるベンチャー企業が多い。ただし、技術が優れていることと社会のニーズを満たすことは違い、決して技術だけで成功するわけではない。

 現にすごいすごいと言われながら、実際「それ誰が使ってんだ?」と思う話題のベンチャーもある。そんな中、独自の技術力がどんぴしゃり社会ニーズにマッチしている実力派の東大発ヘルスケアベンチャー企業を紹介したい。設立2年目のエルピクセル(LPixel)だ。

エルピクセルのメンバー
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 昨今、電子顕微鏡などの撮像装置の高度化が進み、1秒間に何千枚もの画像を撮ることができるようになった。一方で、より詳細な情報が入手できる代わりに、研究者はその画像処理に相当の時間を費やす必要が出てきてしまった。

 これが、エルピクセルが切り込む課題(社会ニーズ)だ。東京大学の研究室の技術をもとに、ライフサイエンス×画像解析の領域で、研究の効率化を促進するサービスを提供している。異常ながん細胞の検知や、偽造したデータのあぶり出しなど、大量の画像データから微細な変化を捉えるサービスである。

 ここには、画像処理などIT系技術だけじゃなく、異常値を発見するアルゴリズムを組むためのライフサイエンス系の専門知識も必要になる。現時点でこの掛け算においては、他にない圧倒的な強さを誇る技術集団である。

 この技術が進展すると、研究の効率が飛躍的に上がるだけじゃなく、画像解析技術の蓄積により、特定の研究者しかできなかったことを他の研究者ができるようになる。そして、自動画像解析だからこそ、今まで見過ごされていたものも見つけられるようになる。優秀な研究者が今までの3倍くらいやるべきことに没頭できれば、研究力の大幅アップだけでなく大幅な人件費削減にもつながる。

 既に大手製薬会社などからの引き合いも多いというエルピクセル。急加速している同社の代表取締役 島原佑基氏に話を聞いた。

【起業のきっかけ】
データがテキストから画像になると気付いた

 次の時代に何が来るのかを考えるのが好きだった。大学の学部では遺伝子工学をやっていて、遺伝子検査の時代が来ると高校時代から思っていた。

 高校の頃は物理と化学の勉強しかやっていなかったのにiPS細胞の存在を知り、これからは生物が来ると思い生物学科へ。そうすると次は遺伝子の組み換えが面白くなって、元々の機械好きも重なり、生物も機械のように作る時代が来るのではないかと目を輝かせた。

 実際、学部で遺伝子の勉強をしたら、これはレッドオーシャンになるからダメだと思ってしまった。ただ、そこには情報を扱うプレーヤーがどんどん参入してくる。そして、これらのデータのほとんどがテキストから画像になるなと気付いた。そこで、専門的な知見を使いつつ情報処理ができると面白いと思い、大学院からは生物を顕微鏡で撮って画像で処理する研究室に入った。その世界トップクラスの研究室で、この分野で困っている人がたくさんいることを知り、いつかこれをビジネスにしたいと思った。

エルピクセル 代表取締役の島原佑基氏
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 ただ、そのまま起業したのではビジネスを知らなすぎると大手ITベンチャーに就職し事業を学んだ。その後、東京大学の産学連携本部に連絡して「大学発ベンチャーってどんな感じ?東大発ベンチャーの定義って何?」と聞きに行った時、そこで起業支援プログラムに誘われ、半年に渡る研究シーズを事業化するプログラムに参加することになった。

 プログラムの終了と同時に同じ研究室のメンバー3人で起業した。その一人である朽名氏はこの技術を切り開いてきた本人で、コンピューター将棋で世界2位にもなった天才技術者。尖ったメンバーをうまくまとめ技術の啓蒙もしている湖城氏と朽名氏で誰を社長にするか話し合ったら「俺は無理っ!」と2人に言われ、自動的に一番年下の自分が社長に就いた。

【起業して1年経って】
ちょうど“小保方事件”が

 1年目は「100万円稼げたらいいね」「登記代は稼ごう」と、みんな経済社会に出ることにおびえながらスタートした。ところが、予想以上に反響があった。それまで共同研究としてやっていたことに対してお金を貰ってやり始めたので嫌がられるかと思っていたら、そうではなかった。逆に、ちゃんとビジネスとして依頼ができ、クオリティーも高いということで、喜ばれた。

 会社設立準備中に、ちょうど小保方氏の事件が起こった。この状況は研究者としていいことじゃない、これを解決するのは自分達しかいないんじゃないかと思った。不正に加工した画像を検出できるサービスをネット上で無料公開したら一気に話題になり、パッケージとして売れるようにもなった。

画像解析の画面例
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 現在は、植物の成長度合い、細胞が死んでるかどうか、がんかどうか、などを機械学習で自動検出するプログラムも提供している。特許技術なども用いてどこよりも精度が高い解析結果が出せることがウリだ。今後、人工知能やクラウドの技術を応用したサービスの提供に向けた開発も進んでいる。

【今後の世界観】
「ビジネスは汚い」の意識を変える

 20世紀は物理の時代だった。21世紀はバイオの時代で、莫大な情報を扱う時代が来ると思っている。どんどん進化を遂げる生物学の研究の世界を変えていく助けになりたい。また、すごい技術を持った研究室は他にもたくさんある。自分のような存在がいなければ今いる天才たちも研究室にずっといて共同研究という名のタダ働きをしてしまうことも多いと思う。

 この技術をビジネスにしたら面白いと思うものはすごく多いので、その教育が必要だと思っている。「お金儲けは汚い」と思っている研究者も多いので、まず意識改革をしてその後に支援する仕組みを作り、研究者の意識を変えていきたい。

 そのためにエルピクセルは技術に特化した集団にしてお互いを刺激し合い、核融合をずっと起こしているような組織にしたい。新しいことに挑戦したいアントレプレナーマインドの集まる集団にして、多様性を大事にする。研究室のような雰囲気も維持し、好きなことを追求できる組織を目指している。

エルピクセル社内の様子
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 アカデミックな人で、民間に行くと好きなことができないと思っている人がいる。しかし、科研費で予算をとるより、実は民間の方が好きなことができる。ぜひ、エルピクセルで好きなことをして尖りまくってほしい。

【緒方のビジネスレビュー】
海外進出の期待も膨らむ

 ベンチャー企業の価値を評価する時に「そこにニーズ(ペイン)があるか」「その組織だからこその差異化した強みがあるか」「市場規模が大きいか」を評価する。だいたいのベンチャーはどこかに弱い部分があるのだが、エルピクセルはこの3つが非常に強い。

 そんなベンチャーへは投資家はぜひとも投資したいところ。だが、そういうベンチャーに限って投資が必要ないパターンも多い。投資家も大変である。

 社会人経験の少ないベンチャーにありがちだが、営業や事業提携での大企業との交渉に弱いことが多い。ビジネスの経験値を増やしつつ、一気にスケールするのであれば経験豊富な人材の確保が重要になる。

エルピクセルのメンバー
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 また、一般的な効率化サービスで必ず大事になることだが、この技術によってどれくらいの経済効果があるのかを顧客にどう見せるかも大きなポイントと言える。この技術でできることとその価値をより明確にして、大企業のニーズをうまく集結・解決し、さらに技術を磨くというスパイラルをどれだけ回せるかが成功のカギだと考えている。

 海外進出の障壁が低く、既に海外にも目を向けている。海外進出していくと、どこまで大きく育っていくのか期待で胸が膨らむ。

 苦労した体験や不安はないかと聞いたら面白い言葉が返ってきた。「今まで大きな苦労なくここまで来てしまったことが不安だ。きっと大変な時期もあるだろうからそれに備えたい」。どこまでも謙虚な実力者たちに太鼓判を押しかける手を抑えつつ、来年またここでさらに成長をした彼らの記事を書いてみたいと思う。