「アトム保育器」開発物語 PART1

世界で最も低い新生児死亡率の実現に寄与した

2015/04/24 00:00
福山 健=日医文化総研
出典: 「知遊」第19号,2013年1月発行 ,pp.52-63 (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

「国賓級の重要人物を空港まで無事にお送りするのが任務の警視庁のパトカーが、保育器を先導するなんて……」。こんな前代未聞の出来事が、日本で初めて五つ子が誕生したときに起こった。

「わが社の保育器がパトカーに先導される光景は、全社員の誇りであった」という伝説が語り継がれるアトムメディカルの保育器は、新生児死亡率において日本が世界で最も低い国になることにも大きく寄与している。

さまざまな困難に直面する周産期医療の現場をサポートするアトム保育器もまた、一つの理念に支えられている。To Save a Tiny Baby Life―「小さな生命(いのち)を救うために」(文中敬称略)

保育器開発のあゆみを語るアトムメディカルの松原一雄社長。机上にあるのは裸のベイビーが並ぶペイパークラフト。
写真:アトムメディカル

先生、おなかに
何人入っているの

 ――「先生、赤ちゃんたちにいつ会えます。4年以上も待ってやっとできた子どもなので、早く会いたい」と、わたしにせがむ。

  五つ子であることを、紀子さんに告げるべきなのかどうか悩む。

  とりあえず、東京にいるご主人にだけ、このことを知らせておこう。

 きょうから五つ子くん担当の看護婦を三人とし、看護体制を強化する。

  第一のヤマは、きょうから48時間内。プロジェクト・チーム全員に臨戦体制をとらせる。

 わたしも当分、好きなゴルフができないだろう。

 とっても長い一日だった。水割りを三杯飲んで休む。

 就寝AM4・00――

 これは、外西寿彦(ほかにしひさひこ)医師の日記からの抜粋だ。日記の日付は、昭和51(1976)年1月31日。この日、外西医師が産婦人科部長を務める鹿児島市立病院において五つ子が誕生した。男児2人、女児3人、日本で初めての五つ子の無事出産であった。

  出産の4日前にも外西医師は母親の山下紀子さんから尋ねられている。

「おなかのほうぼうを、多数でドンドンけっとばすんです。先生、おなかに何人入っているの」

 外西医師は超音波断層撮影で五児を確認していたが、紀子さんには四児までしか告げていなかった。五児と知らせたときに紀子さんが大きなショックを受けるのではないかと心配したからだ。五つ子が生まれる確率は、4000万回の出産に一例ほどといわれる。日本でも五つ子出産の記録はあるが、無事に出産し成長した例はなかった。

 五つ子の無事誕生のニュースは、日本だけではなく外国のメディアでも写真入りで大きく報じられた。国内外の医療関係者が注目したのは、いずれも出生時の体重が普通児の半分以下という極小未熟児が、一度に5人も生まれ、そろってすくすくと育つことができるのか、という点であった。

  発表された五児の出生時の所見はつぎのとおりだ。

  第一子 ―男児。出生時体重1480グラム。仮死なく成熟徴候良好。酸素投与。

  第二子 ―女児。出生時体重1800グラム。成熟徴候良好。酸素投与。

  第三子 ―男児。出生時体重1130グラム。成熟徴候良好。酸素投与と10パーセント糖点滴。

  第四子 ―女児。出生時体重1300グラム。仮死なく成熟徴候良好。生後より半日間酸素投与。10パーセント糖点滴。

  第五子 ―女児。出生時体重990グラム。仮死なく成熟徴候良好。酸素投与。10パーセント糖点滴。

 五つ子が誕生した昭和51年は、田中角栄首相らが逮捕されるロッキード疑惑事件など暗いニュースが続いたときだ。そのなかにあって、五つ子たちが成長する様子は人々の気持ちを明るくさせた。

 そのかげには、外西医師ら「五つ子プロジェクト・チーム」の献身的な働きがある。チームは、外部からの応援を含めて医師10名、助産婦1名、看護婦4名、計15名で編成された。市立病院の三人の担当医は、長椅子に交代で仮眠をとりながら24時間五つ子から目を離さず治療にあたったが、早急に改善せねばならない問題に直面する。

 保育器である。鹿児島市立病院の保育器はほとんど使用状態であったため、五つ子は3台の保育器に同居させられていたのだ。

パトカーが先導したアトム保育器

――この日、東京から2台の最新式保育器が届く。

 これまで市立病院には空いている保育器が3台しかなかったため、1台に2人を同居させるなどの措置をとらざるを得なかったが、これで全員”個室”に収容できる。――

 2月2日の外西医師の日記には、こう記されている。

パトカーが先導して緊急空輸された「V-75保育器」。
写真:アトムメディカル

 2台の最新式保育器とは、アトムメディカルが製作した「V-75保育器」を指す。同社の本社所在地は東京都文京区本郷だが、保育器は埼玉県の浦和
工場でつくられている。保育器は浦和工場から出荷され鹿児島市加治屋町の鹿児島市立病院まで、注文を受けてからわずか2日間で届けられた。当時の交通事情を考えると、驚くべき迅速な対応といえる。

 どのような手段を用いたのだろうか。

 全社を挙げての対応の陣頭指揮をとったアトムメディカルの松原一雄社長がとった方法は、やはり尋常なものではなかった。

「保育器を積んだトラックが埼玉県の浦和工場を埼玉県警のパトカーに先導されて出発し、東京都に入ったところで警視庁のパトカーが待機していて、パトカーが赤色灯をつけサイレンを鳴らしてトラックを先導して羽田空港まで全速力で突っ走り、緊急空輸して鹿児島まで運んだんです。協力を要請した警視庁からいわれました。国賓級の重要人物を空港まで無事にお送りするのが任務のパトカーが、保育器を先導するなんて、前代未聞の出来事だって」

 当時にあっては山下家の五つ子への注目度は、国民的関心事といった様相を呈していた。

 テレビは連日、保育器の中での五つ子の様子を詳細に報じ、新聞では日々の天気予報のように五つ子の体重変化が掲載された。次女が壊死性腸炎を起こして一時危険な状態になったときには、山下夫妻のもとには心配と激励の気持ちをつづった手紙が全国から多数寄せられた。

 もしも保育器の到着が遅れたために五つ子のからだに不具合が生じる事態となったら、非難の矛先は……と考えたら、保育器運搬の先導を要請された警視庁としては協力せざるをえなかったのだろう。「わが社の保育器がパトカーに先導される光景は、全社員の誇りでもありました」と松原社長は語る。

 しかし、それよりももっと嬉しかったことがあるという。

 それは、五つ子の誕生やパトカーでの先導を通じて、保育器というものの大切さへの理解が国民の間に広まり、保育器の普及につながる契機となったことだ。

新生児の死亡率(1000人出生に対する死亡割合)。
写真:アトムメディカル

世界で最も低い
新生児死亡率の実現に寄与

2013年アトムメディカルは創立75周年、松原社長は社長就任30年を迎える。
写真:アトムメディカル

 いまは何事も地球規模でグローバル化される時代だ。保健衛生に関する分野も例外ではない。新型インフルエンザが地球のどこかの地域で発生し流行する兆しがあると、世界保健機関(WHO)がいち早く警告を発する。

 WHOは「すべての人々が可能な最高の健康水準に到達すること」を目的として設立された国連の専門機関だ。現在、加盟国・地域は193に上るが、日本が加盟したのは1951年。加盟して真っ先にWHOから指導を受けたのは「新生児死亡率の低減」である。

 日本は戦後ベビーブームを迎え、多くの新生児が誕生したが、生後4週間以内に亡くなる新生児死亡率も高かった。WHOに加盟した1951年の時点で、出生1000人に対して死亡27.5人と非常に高い数値を示していた。ちなみに現在、バングラデシュやハイチなどがこの数値にある。

 その要因の一つに、保育器が十分に普及していなかったことが挙げられる。

 保育器といえば外国からの輸入品で、大学病院や高級な病院でなければなかなか購入できない高価格製品であった。国産の保育器といえば、昔ながらの木製の箱状のもので、保育器で最も大切な体温調整などの精密機能では大きく劣っていた。りんご箱に湯たんぽを入れて保育器の代わりにしている産院も少なからずあった。

 こうした状況を改善すべく、WHOからの提起に応えて近代的な国産保育器の開発に取り組んだのがアトムメディカルであり、1952年に「国産初の近代的保育器」として「N‐52アトム保育器」が開発された。

 千葉県印西市にある医科器械歴史資料館には日本の医療の進歩を支えた器械が大切に保存されているが、そこに展示されている木製保育器と比べると、その「近代性」は画期的である。

 妊娠22週から出生後7日までの期間を周産期といい、この時期の母体・胎児・新生児を総合的に管理して母と子の健康を守るのが周産期医療だ。

 五つ子プロジェクトチームのリーダーを務めた外西医師は五つ子たちの分娩・保育に携わった記録としてみずからの日記を公開して『五つ子くん』 (芙蓉書房)という本を著しているが、その副題には「その神秘な誕生と周産期医学」とある。前述した日記の記述もそこからの引用だ。

 今日では、周産期医学・医療の進歩に伴い日本における新生児死亡率は著しく減少し、2009年時点で1.2人と、世界でいちばん低くなっている。そのかげには、To Save a Tiny Baby Life―「小さな生命(いのち)を救うために」というテーマを掲げ、周産期医療分野に特化して製品開発に力を注いできたアトムメディカルの存在がある。種々の製品のなかでも、20を超える新機種を生み出し、10世代以上ものモデルチェンジを経るなど改良に改良を重ね、日本の周産期医療の現場をサポートしてきた「アトム保育器」の功績は大きいといえる。

アトムメディカルの製品分野。

なぜ保育器が必要なのか

 五つ子誕生時から36年の歳月が流れた。

 五つ子の成長記録は、父親がNHKに勤めていた関係もあり、誕生から小学校入学までの六年間はNHKでドキュメンタリー番組が組まれ毎年放映されていたが、山下家からの報道自粛要請もあって控えられた。その後、ネット上で次女が東大に入ったという情報を見かけたことがあるが、近況が話題に上ることはない。思えば五つ子たちも30代半ばに達している。成長を記録される年齢ではない。

 鹿児島市立病院で五つ子が誕生した当時、鹿児島県は県内の新生児死亡率が全国でいちばん高いという不名誉な記録を保持していた。ところが、五つ子誕生を契機に大変革を遂げる。1978年には日本初の周産期医療センターが市立病院に設立され、1996年には全国トップレベルの「子供を安全に生める県」に変貌し、「周産期医療は鹿児島に学べ」といわれるほどになっている。

 アトムの保育器は五つ子誕生時にはすでに国内トップブランドの地位にあったが、パトカー先導などで注目された後、やはり大きな進化を遂げる。

 保育器の進化を理解するには、保育器の基本的な機能について知っておく必要がある。

保育器の変遷
写真:日本医療機器産業連合会
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 人類のような恒温動物は、外部環境から独立して体温を一定に保つことができる。しかし、生まれたばかりの未熟児や新生児は、体温調節機能が未発達であり適応できる温度範囲も狭いため、一定の環境温度が必要になる。このため、正常な体温を保つことができる環境温度の維持が望まれる。

 保育器の基本機能の一つは、至適環境温度の維持である。

 新生児は熱を生み出す能力がまだ発達していないのに加え、皮膚からの水分の蒸発により熱が奪われやすい。感じることなく皮膚や気道から水分が蒸発することを、不感蒸泄(ふかんじょうせつ)というが、未熟児の場合は皮膚が薄いために不感蒸泄量も多くなり、体温低下を引き起こしやすい。保育器の基本機能の二つは、至適環境湿度の維持である。

 未熟児の場合、肺の機能が未熟であるため、呼吸をしても十分に酸素が取り入れられないことが多い。そのために酸素供給を行う必要がある。酸素供給が適切でないと、失明や脳障害を起こしたり死亡することもある。保育器の基本機能の三つは、適切な酸素濃度の管理である。

 未熟児や新生児は感染症に対しても免疫能力が低い。ひとたび感染すると危険な症状に陥るおそれがある。保育器の基本機能の四つは、感染症から守る安全管理である。

写真:日本医療機器産業連合会
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 保育器はこのような四つの機能を空気の流れによって実現している。外気から埃や細菌を除いてきれいにし、温度や湿度、酸素濃度を調節した空気を保育器の中に送り込む。空気の流れが速いと保育器内の児の体温を奪ってしまうので、できるだけゆるやかに空気が流れるように工夫されている。器内の児の処置をするために手入れ窓を開けるときも、エアーカーテンによって外気の侵入を防ぐしくみになっている。

 保育器の種類には、閉鎖式保育器と開放式保育器の二つがある。一般的に保育器といえば、児を閉鎖された器内に入れて管理するタイプの閉鎖式を指す。もう一つの開放式保育器は、ベッドに乗せた児を上部にある赤外線ヒーター(輻射熱)で加温するので、輻射式保育器(インファウォーマー)とも呼ばれる。蘇生やさまざまな処置を行いやすいので新生児集中治療室(NICU)や分娩室で使用される。

写真:アトムメディカル
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写真:アトムメディカル
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保育器開発のヒントは、卵をかえす孵卵器

保育器内の児に触れて世話をするタッチケア。
写真:アトムメディカル
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 最新式アトム保育器には「インキュi」「デュアルインキュi」の二機種がある。

「インキュi」は閉鎖式保育器の最新スタンダードモデルだ。「デュアルインキュi」は「デュアル」(二つの、二通りの)という言葉が冠せられているように、閉鎖式保育器としての機能と開放式保育器としての機能を併せ持つ。

 製品名に用いられている「インキュ」は、「保育器」を意味するインキュベーター(incubator )の略語だが、この語は元来、鳥の卵などを人工的にかえす孵卵器(ふらんき)を指す。じつは、今日あるような保育器は孵卵器から発想されている。

タッチケア中、手入用窓からの外気の侵入を防ぐエアーカーテン。
写真:アトムメディカル

 保育器の歴史は古く、1800年代にはヨーロッパで浴槽型の保育器が生み出されていた。二重になった浴槽の壁にお湯を満たして温める方式だ。その後、浴槽型にフードを取りつけて、電気で水を温めるタイプのものが開発された。しかし、今日の保育器の基礎となったのは、こうした浴槽型ではなく、孵卵器にヒントを得てつくられたものだ。いずれにしても、ガスや電気、温湯などを用いて温度環境を一定に保ちながら、加熱に対する安全装置や児の観察に便利な工夫がほどこされて現在のような保育器に発展してきた。

 最新式アトム保育器「インキュi」が、どのようなしくみになっているか、器内循環の動作原理を見てみよう。

 混合された酸素と外気は、フィルターを通り、ろ過され本体内に入る。本体内に入った気体は、循環用ファンによってヒーターに送られ、設定にもとづき適温に温められ、吹出口より器内に入る。

最新スタンダードモデルの保育器「インキュi」。
写真:アトムメディカル
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 加湿は、加湿槽の一部の水を沸騰させ発生した蒸気により行う。吹出口より器内に送られた気体は、処置窓と内壁パネルの間を通り内壁パネルを温めるとともに、臥床台(がしょうだい)上を循環し均等な湿度状態をつくる。器内に送られた気体は吸込口で一つになり、新たに取り込まれた酸素、外気と合流し循環する。

 この循環システムによって器内を設定した温度に保ち、内壁パネルを温めることによって児の輻射損失を少なくする。さらに、処置窓を開いて児の処置等を行う場合には、児の周囲環境を維持するために吹出口から温められた気体が噴出し、外気の影響を少なくする。

最新保育器に見る進化の先端

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 アトム保育器の歴史を見れば、保育器の進化の過程がわかる。

 五つ子無事出産後に外西医師が「東京から2台の最新式保育器が届く」と日記につづった「V‐75保育器」は、いまではアトム保育器の歴史において
オールドクラシックの部類に入る。

 スタンダードモデルの先端に位置する「インキュi」とは、どれほど進化した保育器なのか。高度な保育看護を実現するために、つぎのような製品特性を備えている。

(1)児の状態に合わせた温度管理をするために、手動方式のマニュアルコントロール、自動方式のサーボコントロール、いずれの制御方式でも使用できる。
(2)児の呼吸管理を客観的に行うため、パルスオキシメーターが本体に内蔵されている。
(3)児の状態管理のため、児の体重を一グラム単位で測定できる体重モニターを備えている。
(4)見やすい高さで、処置中にも児や保育器の状態を容易に確認できるカラーディスプレイを有する。
(5)測定パラメーターのすべてがリアルタイムにディスプレイに表示され、モニタリングできる。
(6)トレンド表示機能により、バイタルサインと器内環境の変動がグラフにより確認できる。
(7)コントロールパネルはタッチパネルで、操作性、視認性に優れる。(8)フードの両側から操作・処置できる機能を備えている。
(9)両側のフードに内壁がついている。
(10)処置窓や手入用窓の開放時にはエアーカーテンが形成される。

 このほかにも、音刺激、光刺激などによる器内の児へのストレスの軽減、ナースの目線での使いやすさなど、保育環境をサポートするさまざまな工夫が凝らされている。

次世代保育器の「デュアルインキュi」。
閉鎖モードと開放モードの2通りを併せ持ち、閉鎖モード(右ページ)のときには保育器としての機能を、開放モード(上)に切り替えるとウォーマーとしての機能を発揮する。(写真:アトムメディカル)
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 こうした閉鎖式保育器の最新の機能に、さらに開放式保育器の機能を併せ持つ次世代保育器として開発されたのが、「デュアルインキュi」である。保育器を覆う透明なフードの最上部分をキャノピーというが、「デュアルインキュi」では閉鎖モードから開放モードに切り替えると、キャノピーが上部に持ち上がり、閉鎖状態ではできない治療や措置を適切・迅速に行うことが可能である。

 病院において早産児や低出生体重児、なんらかの疾患のある新生児が生まれた場合には、NICUと呼ばれる部門で集中的に管理・治療される。これまでNICUで用いられる保育器は、閉鎖式保育器と赤外線ヒーターの輻射熱で加温するウォーマー機能を持つ開放式に限られていたが、「デュアルインキュi」は閉鎖式、開放式のそれぞれの機能を一台で発揮する。

 ウォーマーとしての処置性を高めるとともに、NICUと同じ環境での移動ができる「デュアルインキュi」の登場によって、保育器が活躍するステージがさらに広がったといえる。

「勇気ある経営大賞・優秀賞」の受賞理由

松原社長の執務室を飾る周産期医療に関係する手工芸作品。
撮影 岩田 斐

「『個』が光るイノベーション」これは、アトムメディカルも会員となっている東京商工会議所(以下、東商と略)が掲げるスローガンだ。

 東商には7万6000余の法人や個人事業主が加入しているが、ユニークな名前の賞がある。その名も「勇気ある経営大賞」。

「本賞における勇気とは」と題して、つぎのような評価基準を提示している。

――本賞では、過去に拘泥することなく大きく経営の舵をきる決断を下し、実際に以下の行動をとったかについて評価します。

  • ★大きなリスクに挑戦したか。
  • ★高い障壁に挑んだか。
  • ★常識の打破に挑戦したか。
  • ★高い理想の追求を行ったか。――

 この「勇気ある経営大賞・優秀賞」(第9回・平成23年)が、アトムメディカルに授与された。受賞理由として、つぎの二点が挙げられている。

☆国産初の近代的保育器を開発して以来、60年にわたって「小さな生命(いのち)を救うために」をテーマに改良を重ねた結果、海外メーカー優位の国内医療機器市場において、今日では保育器のシェア85パーセントを獲得し、日本の新生児死亡率低下に多大な貢献をしたこと。

☆保育器の米国市場進出を決断し、世界市場ナンバーワンを目指す一方、チューブ等のディスポ製品についてはフィリピンのセブ島に工場を建設し、高いコスト競争力を持った供給拠点とするなど、グローバル化で鍛えられてさらなる成長が期待できること。

 受賞後、テレビ出演を依頼されインタビューを受けた松原社長は、日本で未熟児の出産が増加していることへの懸念を示した。

「日本における新生児の出生数は年々減少を続け、厚生省の人口動態統計によると2011年は105万806人で、戦後最少となりました。しかし、逆に未熟児の出生は増加しております。現在では10万人を超えており、出生数の10パーセントにもなります。割合的には35年前のおよそ2倍になっています」

 喫煙や出産年齢の高齢化、ダイエットによる痩せ型妊婦の増加などが原因として挙げられているが、女性を取り巻く社会的要因が密接に関係している。

 未熟児の出生が増加している一方で、未熟児新生児学の研究や医療に携わる医師の数は減少し、医師不足は深刻化している。日本未熟児新生児学会もホームページで「この50年余りで低出生体重児の生存率は飛躍的に改善し、その医療技術は世界トップクラスを誇りますが、新生児医療をめぐっては、わが国独特の環境ゆえにいまだ多くの課題を抱えています」(戸苅創・理事長)との認識を示している。

 保育器など周産期医療分野の製品は、出生数が市場形成に大きく影響する。日本では少子化が進行しているが、世界に目を転じれば、毎年約7500万人、英国一国分の人口が増え続けている。

 なかでも中国、インドに次ぐ人口大国、米国の出生率は先進国としては例外的に高い。米国の15~19歳女性の出生率は、日本の8倍、英国・ドイツなど西欧五か国平均の3.5倍にも上る。

「勇気ある経営大賞」の受賞理由ともなっている米国進出について松原社長に尋ねると、オリンピックに出場する日本選手のような決意表明が返ってきた。

「勇気ある経営大賞・優秀賞」(東京商工会議所主催・平成23年)を受賞する(真ん中が松原社長)。
写真:アトムメディカル

「世界中の『小さな生命(いのち)を救う』ことを使命としている当社としては、米国への進出は避けては通れない道ですが、大きな決断を伴いました。米国は優れた保育器を有する国でもあります。わが社の保育器は日本国内では85パーセント以上のシェアを堅持していますが、国体で1位になってもオリンピックの舞台で活躍できなければ、国際競争には打ち勝てません。めざすのは、いちばんいい色のメダルです」