川口 結果が分かれば、途中の過程についてはひたすら理屈をつけているだけですよね。あらゆる行為はそうで、結果が分かれば、あとはそれを変えないように情報を削ぎ落としてメタメッセージだけを伝えるデコーディングの作業になる。その矮小な世界は、コンピューティングパワーがやってくれればいい。自分のライフログをすべて送るわけにはいかないから。

山本 表層的なところで人は「好き嫌い」をやっている部分もあるんですけど、「すべてのコミュニケーションは人間関係の機会の変数でだいたい証明できる」と言い始めている研究者もいます。

 大手のコミュニケーションツールでの利用者がどういう動きをしているかをひとつの動き、流れとして解析して研究している人々は、人間同士のコミュニケーションがいかにいい加減で、必ずしも相手の言っていることを理解していなくても会話は成立し、議論したり他者を評価したりしていることが分かる。そうだとすると、「人間とはそもそも何なのか」「それは大いなる空虚である」みたいな話にもなっていきますね。人の存在を突き詰めていくような。

(写真:加藤 康)
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川口 結局、脳の奥底にある指先ほどの偏桃体が感じているところの好きか嫌いかなんだよね。さっきの口内環境の話で考えると、「何十億種類かある免疫パターンのうち、僕には他の人にある溝がない。だから、その免疫パターンを僕は嫌いなんだ」と。あまりにも変数が多くて、「なぜ嫌いなのか」が分からないだけで。

 「科学教」で染まっている人たちにとっては「なぜならば」というところが大事です。でも、未開の地の人にとっては「好きは好きでいいじゃん」で終わり(笑)。元来、人間はそういうものだったのだけれど、科学に染まったのですべてをロジックで理屈付けないと不安なんですよ。なるべく方程式に落として、次の手を読める「フォーシーアブル(foreseeable)」の状態にしたい。それがビッグデータでしょう?

山本 「こういう情報を提供されたあなたは、何%の確率でこう思うようになる」ということの集約なんですよね、ビッグデータの世界は。それを突き詰めていくと、「その人間がどう思うのか、社会的な印象に関するすべてのことを統計的に導き出せるはずである」と。

 「この情報を提供すると、人間はこう行動し、社会はこのように変容する」というところまで進んじゃっている。「それって、いいんだっけ?」とみんなが思っているんだけれど。

今井 何でしょうね…。ビッグデータですべてが決まってしまうというよりは、もっと多様な世界に行った方がいろいろな製品やサービスが出てきそうな気がするんですけれど。

山本 そうそう。ビッグデータの枠組みの中で、人間がどのようなものを好むのかという部分を、もうちょっと深く知っていかなければいけませんよね。