パルスオキシメータの製品例(写真はイメージ。本文内容とは関係ありません)
パルスオキシメータの製品例(写真はイメージ。本文内容とは関係ありません)
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「医工連携」の先駆者としてのお手本

 1980年代の初期、それまで優れたLEDなどがなかった時代に、ネルコア社の初期パルスオキシメータのセンサ材料やLED、フォトダイオードはすべて日本からの輸入に頼っていたという歴史が明らかになった。

 この話を聞いて、感じたことがある。

 医師であるニュー氏が医療に必要と見込んで作り上げた会社と製品こそ、現代の産業界での流行語ともいえる「医工連携」の精神そのものだ。一を二にする努力に比して、ゼロなるものを一にする努力は、対比しようもないほどの差異がある。麻酔中に必須となる情報提供機器と見込んで商品化したこと、その目標達成のために企業人に転身してまで実現に努力したこと――。この決断こそ、パルスオキシメータ普及の礎となったといっていい。

 「医工連携」は、口で言うほど簡単ではない。医師のほしいものを単にものづくり企業が作る、というようなものではない。ましてや、医工が協力して、基礎研究とか試作をすれば「商品」ができるわけでもない。

 その実践例として格好のテーマとなったニュー氏がなぜネルコア社を設立したかなどの経緯は、いくつかのWebサイトでも読むことができる。当時、利用できた最新の部材やデジタル技術の導入など、その優れた選択眼も見事だったというしかない。

 前出の諏訪氏の著書の中で、パルスオキシメータ開発において日本が米国の後塵を拝した理由の一つに「日本にニュー氏がいなかったこと」と明言している。

 まさしく同感だが、パルスオキシメータ商品化の立役者としての米国人の影に、一つの日本企業の存在があることを知って、やや安堵感を覚えた。「一矢を報いた」という程度のものでなく、今後の開発競争にもまだ多くのスペースが残されていると感じたからだ。