近年まで日本に半導体メーカーはなかった

 図2と図3に見る設備投資の間の悪さの背景には、別の事情もある。実は日本には、わずかの例外を除くと、本当の意味での半導体メーカーは近年まで存在しなかった。半導体事業で上げた収益に基づいて設備投資し、それを半導体事業の次の収益に結びつける。こういう形で、自己責任で半導体事業を展開してきた企業は、日本には希だった。

 総合電機メーカーが、そのなかの1事業として半導体製品を製造販売する。その半導体製品は、社内でも使われるし、外販もする。日本で一般的だったのは、この形である。

 総合電機メーカー内の半導体事業、その最大の問題は、設備投資の時期と規模を、半導体ビジネスの観点からだけでは決められないことである。日本企業の半導体投資のタイミングは、市場の伸びとの関係でみたとき、ちぐはぐだった(図2と図3)。日本の半導体産業が衰退した一因だろう。

 半導体は浮沈の激しい事業である。半導体需要が伸びる時期を予測し、その時期に供給力が十分あるように投資時期を選ばなければならない。これに半導体特有の世代交代がからまる。次世代製品を、いつ、どの程度の量、出荷するか。そのためには、新しい装置に入れ替えた工場をいつ稼働させるか。こういった設備投資計画が半導体事業の成否を制する。

 総合電機メーカーにとって、投資に使える資金は半導体のためだけのものではない。その結果どうしても、半導体のための投資を、半導体事業にとっての最適タイミングで実施するわけにはいかないことが多くなる。ただし、この問題は韓国のSamsung Electronics社などにも共通する。そのSamsung Electronics社の半導体事業への設備投資は積極的である。

 問題の本質は企業の内部統治の問題に帰するだろう。それぞれの企業が半導体をどれだけ重視しているか、そして半導体事業部門が投資時期決定において、どれだけの自由を持っているか。

 大きな総合電機会社に属していたことは、投資資金の獲得に有利に働いたこともあるはずである。特に投資資金を銀行融資で調達する場合には、大企業を背景にしていることは有利だったはずだ。少なくとも米国の半導体専業メーカーは、日本企業の投資行動を、そう見ていた。

2000年代には半導体事業の切り離しが進む

 1990年代の終わりごろから、日本の電機各社は半導体事業の切り離しを始める。半導体メモリー事業の切り離しと離合集散については、本連載の前回に紹介した。メモリー以外の半導体事業についても、切り離しが進む。2002年、NECは半導体事業部門をNECエレクトロニクスとして分社、独立させる。メモリー事業は既にエルピーダメモリに移していたので、NEC本体には半導体事業は存在しなくなる。NECはかつて世界最大の半導体メーカーだった。

 2003年には日立製作所と三菱電機の半導体部門が分社化して統合され、ルネサス テクノロジが設立された。2010年にはさらに、NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジが合併し、ルネサス エレクトロニクスとなる。

 そのルネサス エレクトロニクスも2012年には経営危機に陥り、大規模なリストラを行う。同年12月に、産業革新機構が約1400億円、トヨタ自動車、日産自動車、キヤノン、パナソニックなど8社が約100億円を出資する計画が決まった。産業革新機構は必要に応じて、さらに500億円を追加で出資または融資するという。なお産業革新機構は政府が大部分を出資している投資ファンドである。

 また2013年2月、富士通とパナソニックはシステムLSI事業を統合、ファブレスの新会社を設立すると発表した。さらにパナソニックは同年12月、同社の半導体3拠点をイスラエルのTower Semiconductor社との合弁会社に移管すると発表した。パナソニックは合弁会社に49%出資し、合弁会社をファウンドリとして運営するという[赤坂、「パナソニック、半導体前工程の岡山工場を閉鎖し北陸3拠点を合弁化」、Tech-On!、2013年12月24日]。実現すれば、日本企業が運営に参加するファウンドリが、国内で活動することになる。