大胆な舵取りをして急成長を続けてきたかに見える中国にもこの寓話で表されるように捨て去らなければならない旧弊は数多くある。過去の成功(まだ使える内装)にこだわっていたのでは成長を続けることはできない。制度疲労、大胆なパラダイム・チェンジの必要性、というような今の日本で語られる事柄が中国ですでに話題になっているのである。本書にあった次のような記述はまさに日本も同様だと言える。

 もし、我々が今後も中国の高度成長を期待するならば、我々は以下のことを知っておくべきである。それは「我々の子供は我々と同じように生きることはできない。我々が50歳の時には20歳の時には考えもしなかったことをしており、多くの場合、この選択は主体的なものにはならない」ということだ。

 日本が「失われた20年」を過ごしている間に台頭してきた国がすでにこのような問題意識を持っているということを我々は知り、より主体的に変化というものを考えるべきなのではないだろうか。