半導体の歴史を振り返ると、ムーアの法則に象徴されるように、私たち半導体のエンジニアはより多くのトランジスタを集積し、高集積化、多機能化をはかる「足し算」を徹底的に推し進めてきました。しかし、様々な技術が発達し、機能の集積が容易になってきている現代では、半導体製品であっても、技術の取捨選択、「引き算」が求められるようになると思います。

 現在の市場で使われている半導体製品は40nm程度の大きさのトランジスタで作られています。このままのスピードで技術が進化すると、トランジスタは2025年に8nmまで微細化されます。CPUやメモリといった様々な部品を3次元に集積化すると、現在の携帯電話機に搭載されている機能は、2025年には0.15mm角の小さなゴマ粒大のキューブ(立方体)で実現できるようになります(参考文献:日経マイクロデバイス2008年9月号 「新デバイス進化論」2025年の半導体技術 誰が何を作るのか)。

 ゴマ粒チップは例えば体内に循環させることで、人が苦痛を感じることなく、医療診断を行うことができるようになります。診断する病気の種類や電力供給能力などに応じて機能を取捨選択することが必要になるでしょう。半導体産業もこのように、医療応用に限らず、多機能化を推し進めた先には、用途や使い勝手を考えた上での技術の取捨選択が重要になるのではないでしょうか。

 しかし、技術開発だけでなくどのような分野でも「引き算」は難しい。現在の日本の政治では、消費税の増税について議論をしていますが、お金をばらまく「足し算」は簡単でも、痛みを伴う予算カットや増税の決断は難しいものです。

 企業の経営でも、新しい分野に進出する多角化は比較的簡単に決断できます。一方、既存の市場からの撤退や部門のリストラといった「引き算」の決断は、痛みを伴いますし、なかなか難しい。

 製品開発の現場でも、より多様で幅広い顧客のニーズを満たすためには、様々な機能を足していく方が無難です。機能が足りないことで、ある顧客に売れなくなった、という状況はできるだけ避けたいと考えるのが自然でしょう。

 しかし、そうして何でも盛り込んで多機能化を進めてきた製品よりも、iPhoneやiPadのように機能を絞り込んだ製品が市場では受け入れられている現実があります。半導体産業でも将来の多機能化の時代には、「引き算」の技術が重要になると考えています。

 「引き算」による技術の絞り込みを行うためには、顧客の動向、デザイン、使い勝手といった、曖昧模糊とした定量化しにくい様々な要因を考えて、全体を最適化する決断を行う必要があります。答が一つに決まっているとも限りませんし、答がない場合さえもあるのです。

 現在の学校の教育では、新しい知識を習得することが重視されています。このようなビジネスの全体像を総合的に考えたり、何かを捨てるための意思決定の訓練は、現在の学校ではほとんど行われていません。

 現在の日本では、全体を俯瞰して取捨選択する能力は、正規の授業よりも、むしろクラブの運営といった、学生が自主的に行う課外活動で養われるのではないでしょうか。したがって、多くのエンジニアの方々にとっては、引き算の技術判断というのは戸惑うことが多いと思います。

 Steve Jobsはシンプルな美しさや生き方を求めて、禅を学んだり日本のお寺を訪れていたと言われています。京都の寺院の簡素で美しい庭園や俳句、自然の素材の美しさを生かしたた伝統工芸品など、私たち日本人にはシンプルな美しさを作ったり評価できる素養があるのです。
 
 現代でも、140語と限られた文字数でつぶやくツイッターでは、日本語によるつぶやきは英語に次ぐ2位と大変多いそうです。世界中のつぶやきで最も多い英語のシェアは40%。日本語は14%で、お隣の韓国は2%。英語圏の人口は日本の約3倍、韓国人は日本人の約4割です。

 ツイッターの日本語版がサービスを開始してからまだ3年しかたっていませんし、人口から考えても、日本人はつぶやくことが好きなのでしょう。私も最近ツイッターを始めたのですが、文字数の制約の中で表現するというのは、制約がないブログよりもむしろ面白いと実感しています。

 このように、昔も今も日本人は制約の中で、巧みに表現を行い、美しく機能に優れたものを作ってきました。「異質の時代」に重要になる「取捨選択する技術」のカギは、外国の技術を真似するというよりは、むしろ私たち日本人の中にあるのかもしれません。