私は2001年にMBAを取得するため、スタンフォード大学のビジネススクールに留学しました。シリコンバレーのこのMBAプログラムでは起業家の育成が重要視され、「New Venture Formation(ベンチャー企業の創造)」という人気講義がありました。最初の講義のテーマが何と、「How to fire founders(どうやって創業者をクビにするか)」。

 講義の題材は、スタンフォード大学から起業した代表的な企業である、Sun Microsystems。SunとはStanford University Networkの頭文字から取ったことからわかるように、スタンフォード大学の教員が創業した会社です。創業後間もないSunでは天才的な技術力を持つ創業者と投資家の間の摩擦が絶えず、創業者は投資家に追い出されてしまいました。講義では、創業者のエンジニアを追い出した経緯を、追い出した経営者であるVinod Khosla氏から聞きました。

 講義を受講する学生の職歴は金融や経理、営業、経営コンサルティングが多く、私のようなエンジニアはほとんどいません。学生たちは経営者の視点から「会社は株主のもの。成功させるためには創業者をクビにするのも仕方ない」「金を与えて追い出せばいいんじゃないのか」などの意見が多かったです。

「これではベンチャー企業を作るのではなくて、潰すための講義じゃないか!」
と、私は講義中に大変悲しく、また無性に腹が立ちました。

 投資家やベンチャー企業に後から入った社長からすると、その企業は多くの会社の中の一つに過ぎないかもしれません。しかし、エンジニアからすると、会社は人生を賭けて作りあげてきた技術、夢を実現する場です。エンジニアが新しい技術を立ち上げるには10年といった長い時間がかかり、そう簡単に幾つも会社を創業できるわけではありません。エンジニアにとって起業とは、「一生に一度」の勝負をかけているのです。

 このようなベンチャー企業の創業者(エンジニア)と、投資家(経営者)との対立はシリコンバレーのベンチャー企業ではよくあることです。米Appleの創業者で現CEOのSteve Jobs氏は創業間もないころ、「このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか。それとも世界を変えたいのか」と口説いて、プロの経営者のペプシコーラ元社長のJohn Sculley氏を社長として雇い入れました。しかしやがては、Jobs氏とSculley氏はAppleの経営方針について対立。激しい社内闘争の末、Jobs氏はSculley氏に会社を追い出されました。Appleを追われたJobs氏はその後、Pixar Animation StudiosのCEOとしてトイ・ストーリーなど3次元アニメーション映画の製作で大成功をおさめました。そして、十数年後に潰れかけたAppleに暫定CEOとして復帰し、ご存知のようにiMac, iPod, iPhone, iPadとヒット商品を連発してAppleを再建しました。

 創業者・エンジニアが、投資家・経営者に対して、反発する気持ちはわかりますが、彼らがいなければ会社が成り立たないのもまた事実です。創業者のエンジニアは最初にリスクを取って創業したという意味では尊重されるべきです。その一方、創業時の全く先行きがわからないベンチャー企業にお金を投資した投資家も、大きなリスクを取っていることを忘れてはいけません。会社が成長していくためには、エンジニアだけでなく、投資家や経営者など多くの人が力を合わせる必要があります。何から何まで創業者の言う通りになるべきというわけではありません。

 実は、ベンチャーキャピタルなどの投資家にも、彼らに資金を投資している投資家という存在が居ます。投資家自身も投資家に厳しくフォローされているわけです。投資家の投資家は誰?その投資家は誰?・・・と元をたどっていくと、年金基金を通じて、自分が大元の投資家だったというようなこともあります。投資家や経営者だって本当は差し迫った状況に追い込まれていてつらい立場なんだ、ということをエンジニアの側でも理解できれば、お互いに前向きになれる解決方法を見つけられるのではないでしょうか。