東日本大震災では「想定外」という言葉が取りざたされています。原子力発電所、防波堤を設計する際に、地震や津波など自然災害のリスク要因をどのレベルまで考慮すべきだったのか。リスクをどう考えるかというのは、エンジニアの皆さんが日頃の製品設計でいつも頭を悩ませている問題でしょう。

 例えば集積回路の設計では、トランジスタのしきい値電圧やチャネル長などのばらつき要因を正規分布で近似します。各トランジスタのしきい値電圧やチャネル長がばらついた時に、最終的に集積回路全体の動作速度や消費電力がどのようにばらつくのか、コンピュータによりシミュレーションを行います。正規分布は平均値を中心とした左右対称な形をした確率分布で、つりがね状の確立分布が鐘の形に似ていることからベルカーブとも呼ばれています。平均値からのずれが標準偏差以下の範囲に含まれる確率は68%、標準偏差の2倍以下に含まれる確率は95%、標準偏差の3倍以下ですと約99.7%となります。

 正規分布を用いた事象の分析は製品開発だけでなく、様々な社会現象や経済現象などで用いられています。米General Electric社(以下、GE)のCEOジャック・ウエルチが業務の進捗管理や、経営でどのような事業を行うか事業ポートフォリオを決める際に、シックス・シグマという手法を採用し、日本企業でも広く導入されています。シグマσというのは標準偏差を表す記号です。平均値から標準偏差の6倍(シックス・シグマ)の範囲外にある確率は100万分の3.4です。つまり、シックス・シグマの範囲内に製品の品質をおさめておけば、100万個の製品を作って3-4個までに不良品を抑えることができる。人間が行う作業でも、100万回の作業のうち、ミスを3-4回に抑えることができる。シックス・シグマがビジネスの手法として一躍有名になったのは、正規分布を用いた統計的手法を製造や品質管理だけでなく、営業・人事・経理・広報など、確率統計とは無縁にみえる業務にまで導入し、間接業務の効率や顧客満足度を高めようとしたからです。

 金融工学のポートフォリオ理論でも、正規分布が用いられています。ポートフォリオ理論とは、株式や債券などの金融資産のリスクとリターンを考慮して、リスクを最小化しながら、リターンを最大化するように分散投資を行う理論です。例えば、為替に対するリスクを低減するには、円高になると収益が向上するガス会社・食品会社・電力会社のような輸入型企業の株式と、円安になると売り上げが伸びる電機・自動車・機械のような輸出型企業の株式を保有すると良いことになります。もっとも、最近は、輸出型企業といっても、日本と外国の双方に工場を持つことで、自社内で為替リスクを低減しているため、こんなに単純ではありませんが。また、額面割れしない代わりに利息も低いローリスク・ローリターンの国債と、ハイリスク・ハイリターンの株式を合わせて所有することも一般的です。

 ポートフォリオ理論では、資産のリスクを標準偏差で表します。例えば、東京ガスの株をa1、トヨタ自動車の株をa2の割合で保有していたとしましょう。東京ガス株、トヨタ株から期待できるリターン(配当や利息)の期待値をE1、E2、標準偏差をσ1、σ2とします。このポートフォリオ全体のリターンETotalとリスクσTotalは、

 ETotal=a1 E1 + a2 E2

 σTotal2=a12 σ12 + a22 σ22 +2a1 a2 σ1σ2ρ12

となります。ρ12は-1から1の間の数で、東京ガス株とトヨタ株の動きがどの程度関係するかを表す相関関数です。相関関数が1ですと、2つの株が全く同じ動きをし、-1ですと全く逆の動きをすることになります。為替の変動に対しては、東京ガス株とトヨタ株は逆の動きをしますので、負の相関関数を持つことになります。一方、地震など災害の問題や政治状況など地政学的な問題に対しては、東京ガス株もトヨタ株も似た動きをしますので、正の相関関数になります。

 2つの株式が完全に正の相関、すなわち相関関数が1でない限り、ポートフォリオのリスクσTotalは、個別の株式のリスクの加重平均(a1σ1+ a2σ2)よりも小さくなります。つまり、分散投資によってリスクが軽減されることになります。以上は2つの株を保有する例でしたが、保有する株式の種類が多いほど、分散投資するほど、リスクを低減することができます。リスクσや相関関数ρの過去の実績は例えば、東京証券取引所の1部上場企業の株式であれば「TOPIX&サブインデックス データ集」として公表されています。