3月11日に発生した震災で被災された皆様に対しまして心よりお見舞い申し上げます。この原稿を書いている3月21日現在で、亡くなった方・行方不明の方が2万人を超えてしまいました。さらに多くの方が避難所で不自由な暮らしを余儀なくされ、福島の原子力発電所の事故は終息していません。

 地震・津波・原発事故、この戦後最大ともいえる日本の危機に、私は何ができるのか。様々な衝撃的な映像が飛び交うテレビを前にこの10日間考えてきました。節電、募金、献血、思いつくことをやってみても、自分の無力さに歯がゆい思いをしています。しかし一人の国民としてできるこうしたことの他に、私たちエンジニアだからこそやらなければならないことがあるはずです。

 それは、この震災から、人類が安全で幸せな生活をおくるために将来どのような技術が求められているかを真剣に考える。そして研究開発の方向性を示し、全力でそれを実行し、人々が安心して暮らせる社会を支える技術を作り出すことではないでしょうか。

 半導体業界では、「不景気の時に研究開発に投資した企業が生き残る」という鉄則があります。半導体産業は、シリコンサイクルといって、4年ごとに好景気と不景気を繰り返しています。好景気になると、半導体ベンダーが積極的な設備投資を行うため、供給が需要を上回る供給過剰の状態になり、半導体製品の価格が低下します。需要側から考えると、半導体製品の価格の低下が、新しい市場(アプリケーション)を生み出す契機となります。例えば、私が研究開発を行ってきたフラッシュ・メモリでは、フラッシュ・メモリの価格の低下が、メモリ・カード、デジタル・カメラ、携帯電話機、「iPod」などの携帯型メディア・プレーヤー、SSDといった新しい製品を生み出してきました。このように、景気が悪い時は、経済的には苦境に陥るものの、研究開発の観点からは、次の好景気に登場する技術を準備するとても大事な時期なのです。

 今回の震災は景気循環とはそのサイクルも原因も異なりますが、大きな流れとして考えると、日本あるいは原子力発電という人類の粋を集めた高度な技術の信用力が危機を迎え、さらに世界全体で人々の暮らし方が大きく変わる歴史的な転換点になるのではないかと感じています。

 私が米Stanford大学のMBAコースで学んだときの恩師でもあり、米Intel社の元CEOでもあるAndrew S. Grove氏が著書「インテル戦略転換」の中で、戦略転換点においてリーダーが果たすべき役割を論じています。戦略転換点とは、技術・競合・消費者動向・自然環境・政治動向など事業を取り巻く環境の変化により、競争に勝つためのルールが変わってしまう時。すなわち、環境変化に合わせて経営手法を全く新しいものに転換することが必要になる時を言います。Grove氏の著書の中では、Intel社が発明したDRAM事業に関して、DRAMのパイオニアのIntel社がDRAM事業を撤退しマイクロプロセサ事業に経営資源を集中させる決断について書かれています。今が戦略転換点であると、当事者が察知することは極めて難しく、主力事業を辞める際には、リーダーとして大きな苦悩と強力なリーダーシップが必要だったに違いありません。