もう一つ、代表的な装飾法の一つに霰というものがある。肌に多数の細かな粒状の突起をつくる方法だ。その起源こそ不明なものの、最初期の芦屋釜にすでに施されている古くからの技法である。千利休の「かっかっと荒らせ」という指示を受け、この肌打を行った釜師与次郎もこの技法を使っており、大西が館長をつとめる大西清右衛門美術館にも与次郎作の霰釜が収蔵されている。粒を揃えて整然と打った肌の釜は、端整な印象を与えるし、大きめの粒を打ったものには、荒々しい魅力が現れる。肌打と同じく、微妙な違いで様々な効果が現れる装飾と言えよう。ちなみに前述の霙肌は、霰まで顕著ではない小さな粒を不規則に打って州浜や雲などを表現したもので、これが発展したものが霰であるとの説がある。他に霰に類似する装飾として、釜の口などに規則的に粒を打った擂茶(るいざ)がある。

 美術館に展示されている与次郎の釜の肌を見ると、霰が肩口から甲全体にかけて打たれている。それらの粒の大きさはおおむね揃ってはいるものの、必ずしも規則的に打たれているわけではない。手仕事で一つずつ打たれたからこそ出たのであろう、不規則なゆらぎがあるのである。霰を打った釜は一般に、端正な印象を見る者に与える。しかし、この波状にうねる霰の細かな突起の列は、むしろプリミティブな迫力を感じさせる。

「霰にもいろいろなものがあるんでね。大きな粒から小さな粒を肩から甲にかけて打ち分けて行くのもあるし、間隔を変えるのもあるし、変えないのもある。粒の深さや形もあるので、一つとして同じものはないくらい」

釜の甲全体に打たれた霰(あられ)。
釜の甲全体に打たれた霰(あられ)。

 そう説明する大西が見て作ってきた釜には、霰に限らず、装飾やフォルムなどいずれの点をとっても、同じものは一つとして存在しない。そうなる理由のひとつとして、デザインや装飾を一つずつ人の手で作っている、ということがある。量産は効かない手法だが、人の手だからこそ出せる味わいが出てくる。

「霰を見ているだけでも面白いですよね。なんでこんなことするねんって思うところがたくさんあるんでね。ここは荒れ肌を繕っているし、ここは粒が割れてる。これがまっさらな時はどうやったんやろうって思います。けどそもそも、釜は始めから完成度を求めたものではなかったんでしょう」