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 この一連の仕事は、北岡にも多くのものをもたらした。表具の仕立てや修復技術のさらなる習熟はもとより、画家たちの作風や評価、依頼主の好みのつかみ方、新古さまざまな裂地に関する知識とその調達方法など、高度な知見を獲得していったのである。

 芸術家は良きパトロンとの出会いによってさらに成長を遂げるという。同様のことが表具師とコレクターにも言えるのかもしれない。その成長ぶりにベリーは目を見張り、北岡の名を知り合いのコレクターや画廊主などに広めていった。こうして、海外を含め多くの人たちが彼の名を知り、実際に仕事を依頼した。ベリーを含めその多くが、今も彼にとって大切な顧客となっている。

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 表具受難の時代にあって、こうした顧客との絆は、表具師にとって実に貴重なものである。文化財の修復や表装など、特殊な表具の需要は今後も存続していくだろうが、一般的な表装に関しては、その前途は決して楽観できる状況にはない。大コレクターから一般庶民までがみな掛軸を求め、日本画と表具とが蜜月を謳歌した大正から昭和の初めのような時代がまた巡ってくるとは思えないからである。90年代バブル期のような美術ブームの再来さえ、現今の経済状況からすると望み薄である。

 冬の時代といっていいだろう。しかもその先に、春があることを期待することもできない。それでも表具師は、この国になくてはならない存在である。私たちの先祖が残してくれた貴重な書や絵は、表具師という美の守護者なしには、とうてい継承し得ないわけだから。

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 その現実を直視すれば、別に補助金や公的な仕事に依存するわけでもなく、現実の経済原理の中で盛業を続ける北岡らの存在が、いかに貴重なものかが分かる。幸いなことに、その後に続こうとする人たちもいる。

 北岡の長男である大幸は、大学で史学を学んだ後、ごく当たり前のように表具の世界に入った。小さいころから父の仕事を手伝ったことはなかったが、3回生の時から興味を抱くようになり、美術史のゼミで表具をテーマに発表するまでになった。

「やりたいからといって、そう簡単にできる仕事ではない」ことは分かっている。けれども自分が表具師の家に生まれたということに意味があるのかもしれない、とも思う。だから、父の跡を継ぐことに抵抗はないという。京表具の伝統を受け継ぐ表具師の元での修業を終え、今春からは本格的に父の片腕として働く。