Flash版はこちらから:Flash Playerが必要です


図1

「沸(わ)くって言うんやけど、鉄を溶かしてしまうわけではないんや。溶けるでなし、赤いだけでもなしっていう、ちょうどいいところ。そこで仕事やらんとあかんねん」

 刀匠、河内國平(かわちくにひら)は、小割りにした玉鋼(たまはがね)を積み上げた「てこ台」を前に「積み沸かし」についてこう説明する。

 日本刀作りの中でも積み沸かしは、特に鍛冶の五感が大切となる工程である。細かく割った鋼をてこ台に積み、約1300℃に赤め、溶ける寸前のところで仕事をしなければならないからだ。この時にもし鋼が完全に溶けてしまうと、他元素が入り込んだりして性質に変化が起きてしまうのだという。逆に、十分に軟らかくなっていない状態で鋼を叩けば、傷となって残ってしまう。

鍛冶場の光景。
鍛冶場の光景。

 その微妙なタイミングを察知するのは、温度計ではなく人の五感。鋼が沸く音を聞き分ける鍛冶の耳であり、鋼の色や赤まった鋼から出る小さな火花の形や量を見分ける目である。だから、河内をはじめとする刀匠の多くは、外光を遮断して、わずかな光源のもとで仕事をする。火を使っているときは余分な物音を立てないようにも気を配る。
「朝の5時半から沸かし始め、じっくりじっくり赤めていくわけや。そうすると、7時半から8時くらいにちょうどいい具合になるな。その時は人の出入りもできん。炎がゆれると、鋼の赤まった状態が分からんようになるからな」

 積み沸かしの中でも特に、最初に行なう積み上げた玉鋼の破片を芯まで均一に加熱する工程は、それほど気を使うものだ。もちろんその後も、鍛錬までいささかたりとも気の抜けない仕事が続く。材料選びも含め、いい地鉄(じがね)を作りあげる道のりは決して平坦ではない。