「東郷は運がいいから元帥にしよう」という小説の一文章を思い出して御利益をいただこうと思わず買った勝守(700円)
「東郷は運がいいから元帥にしよう」という小説の一文章を思い出して御利益をいただこうと思わず買った勝守(700円)

 兄の秋山好古においては、「軍人である以上は敵を倒すのがすべてである」という明快なプロ意識、質素にして実を貫く侍としての姿勢、余計な物事を極限まで節約しながらも最重要ポイントの一点に全精力を集中投入する基本戦略なども、錆び付きかかっているかもしれない日本的精神というものを再び問い直すためのいい手本だ。

 そんな、サムライ気分で境内を見回していると、お守り売り場があるではないか。なんと、あのZ旗マークをあしらったもので、700円。即購入である。それをたずさえ東郷神社拝殿に上がり、手を合わせて胸ポケットに納めた。

 その数日後、ある企業の激励会でスピーチをすることになっていたので東郷神社近くの明治記念館に向かった。会場に着いてみると、絢爛豪華な富士という大広間に400名ほどの社員がひしめいていて、いましがた社長の訓示あったらしく熱気でむんむんしている。そこで司会の方から「それでは久保田先生、壇上にお願いいたします」と促され、きらびやかな屏風で飾られた壇上に登った。

 そこで、始めて気付いた。レジュメがない。事前にメールで送っておいたスピーチ原稿が演台に置いてないのだ。それとも知らず、会場は割れんばかりの拍手。いまさら「あのー僕のレジュメはどこですかぁ?」と間抜けなことは言えない雰囲気になっていた。最前列には社長以下役員がずらりと並び「この場にふさわしい名スピーチを期待してますぞ」と眼光鋭い視線を飛ばし、それが途方に暮れたわが身にざくざくと突き刺さってくる。

これが壇上に上がって聴衆に向かってかざした勝守
これが壇上に上がって聴衆に向かってかざした勝守

 こうしたピンチに立つと、人は思わぬ行動に出てしまうようだ。気がつくとわが輩は、先日買った真新しいZマーク入り勝守を胸ポケットからサッと取り出し、高々と聴衆に掲げていたのである。そしてやおら「みなさん、これなるお守りをご存知ですか?」と始めてしまったのだ。「実は東郷神社の勝守なのであります、ここに記す文様はZ旗と申しまして、背水の陣を表しております。かの東郷元帥はこのZ旗を各艦隊にあげさせ『皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ!』と世界最強のバルチック艦隊を相手に史上最大の海戦に挑み、みごと撃破せしめるに及んだのであります」。ちなみに講演の題目は「新しい視点でビジネスチャンスを掴む」。もちろんZ旗とは何の関係もない。

 その後、話はそっちの方向で勢いを増すばかり。通常のビジネス講義とは似ても似つかぬ展開となっていく。最前列の社長以下役員たちは面食らって口をぼんやりと開け、400名の社員は鳩が豆鉄砲を食らったように目を見開いたままだ。