三代目長太郎作の総火造り羅紗切り鋏。右が九寸五分で左が八寸五分。それぞれのおおよその値段は、21万円と13万円。ロストワックスと複合材を使った通常品は、八寸五分で2万6000円くらいで購入できる。
三代目長太郎作の総火造り羅紗切り鋏。右が九寸五分で左が八寸五分。それぞれのおおよその値段は、21万円と13万円。ロストワックスと複合材を使った通常品は、八寸五分で2万6000円くらいで購入できる。

 あちらでも研ぎがきちんと出来る職人がいればいいんですが、と石塚は自らが作った道具が調子のいいまま、使い続けられているかどうかを案じている。

 現代の欧米で使う羅紗切り鋏も、日本のそれと同じタイプだ。しかし、日本流にアレンジを加え、使い良くされた鋏は、調子という面において、ひとつの頂上を極めた。それは、オリジナルを産み出した地域の人々も認めることである。

 明治時代に、羅紗切り鋏と時をほぼ同じくして日本に登場した着鋼の散髪鋏も、いまや東京でほそぼそと作られるだけとなってしまった。しかし現在、三条や千葉などで作られる日本の理美容鋏は、世界最高クラスの精度の高さを誇っている。硬く長く切れ続ける全鋼製のハイエンド製品は、創始者義国(よしくに)や平作(へいさく)の理念を受継いだ形で、羽毛を握るかのごとき柔らかな調子を持ち、長時間使用し続けても疲れが来ないように工夫されている。

 その一方で石塚の羅紗切り鋏は、登場当時の製作方法を色濃く残しつつ作り続けられてきた。刃の重さで布を切り分けて行くような感覚が同じ調子で続き、刃を閉じる時だけ、先端にやや強い抵抗がかかる。それを乗り越えて刃が閉じる瞬間、小気味よい「じゃき」という音が、親密感を伴って耳に入り込んでくる。

「この前も、九州から電話があって、修理をして欲しいというんです。そういう話は結構くるんです。それで修理をして送り返すと電話がきますよ。前と同じになったって喜んでくれる。これは本当にありがたいな」

 石塚はしみじみと語る。

 「前と同じ」ものを作り出すためには、作り手は前と同じままで居続けるわけにはいかない。少しずつ改良を加え、洗練を極めていってはじめて「ようやく前と同じだ」と使い手は喜ぶ。そのことを、石塚をはじめとする日本の鍛冶たちは知っていた。そして三代の年月を重ね、長太郎の鋏は完成した。

 職人たちが連綿と築き上げてきた技術を受継ぐ最後の鍛冶のひとりとなった石塚は、鋏に視線を戻し、開け閉めを繰り返しながら、調子を整え出した。(文中敬称略)