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土田家の玄関先に掲げられた「婦くさ 茶巾」の看板。
京都市中京区にある土田家。何度も改築を繰り返しながら代々の家を守り、品のよい町家のたたずまいを維持している。

 京都のど真ん中、中京区にある友湖の住まいは、たたずまいの美しい伝統的な京町家だ。格子戸を開けた先に畳を敷いた表玄関と茶室、茶庭。その左側、「お茶入袋師」と墨書きされた、白いのれんの先が通用口となっている。茶席で使う草花や植木があしらわれた庭は、丁寧に手入れがされており、侘びた中に何ともいえない心地よさがある。表玄関の脇に、時代がかった木の看板が掲げてあった。年月にさらされた文字は、にわかには判別不能だが、「婦(ふ)くさ 茶巾」と書かれているのだという。そう教えてくれる当代でも、看板がいつの時代のものなのかは、はっきりしない。

 仕事場は住まいの2階にある。通りに面した座敷に机が四つ。友湖と、友湖の妻・美江と、長男の半四郎と、半四郎の妻・知美が、日中はそこで一緒に仕事をする。友湖と半四郎、そして美江と知美がそれぞれ机を向かい合わせにして座る形だ。木枠のガラス戸の向こうから、往来のざわめきが陽の光とともに入ってくる仕事場は、なごやかで明るい空気が流れている。

往来に面した2階にある仕事場。友湖と長男の半四郎が向かい合わせに座る。半四郎の背中合わせに妻の知美。知美の向かい合わせに、友湖の妻の美江という順番。

 仕服制作の一連の過程を追いながら、もうひとつ、印象深かったのは、この、仕事場に流れる一家の空気だ。

 千家十職(せんけじゅっしょく)というきわめて特殊な職家(しょっか)グループは、代々、技術の継承と同時に「家」の継承をも務めとしてきた。袋師は弟子を取らない。また他家に修業に出ることもしない。土田家に生まれたからには、千家十職の一員として袋師の家を継ぐことが自明の理、という世界なのである。一方、浮き沈みを繰り返す世の流れの中で、その務めを果たしていくことが容易でないことも想像できる。葛藤はなかったのだろうか。

「僕なんかでも、いっとき、サラリーマンみたいなものに気を惹かれたことがありましたけど、そんなん、本気ではありませんわね」

 と、友湖は冗談めかしていう。

8月1日の八朔の日に、親子で千家家元に出仕する。羽織を付けた夏の正装だが、職家は袴をはかない決まりになっているという。

 家の継承に関していえば、土田家の家風は大きかった。

「まだ僕が幼稚園児だったころ。戦後まもないころで、おもちゃもない時代ですわ。家でコマ遊びをするときは、紐を組んで作っていましたね。それがうちでは普通なことだったんです。特にわが家は仕事場に子どもが出入りしても、やかましくいう人はいませんでしたし」