仕事場にある桐箪笥からさまざまな裂を取り出す。
仕事場の棚に収められているとりどりの裂。裂は巻物状になっており、札で種類を判別する。

「このお茶入には、すでに金襴(きんらん)と間道(かんどう)で『肩身替わり(かたみがわり)』にした仕服がありますわね。ならば私は緞子(どんす)を使ってみようとか、その緞子も、茶席で会話の端緒になるような由来のものにしようとか」

 「肩身替わり」とは何だろうか。友湖が茶入の収まっていた総箱から、時代がかった仕服を取り出して見せてくれる。茶道具の持ち主は茶入だけでなく、その付属品にも深い愛情を注ぎながら、道具を後世に伝えようとする。仕服についてもしかり。しかし何百年もの時を経る間に、裂は汚れたり破れたりする。それでも仕服を捨てず、破損していない部分を大切に残しながら伝えるのである。ぼろぼろになった裂を芸術品のように愛で、鑑賞する、という感性は茶の湯におけるひとつの大きな審美の原理である。かくして後世には、仕服の半分が金襴、もう半分が間道という、まったく違う模様の取り合わせになる仕服も多く伝えられることになる。もちろんこの場合は、違うものをどう取り合わせるかが、袋師の美意識になる。

間道(左の縞模様)、緞子(中央)、金襴(その下)は、織物の「3大織り方」といえる。いずれも精緻な技術に驚かされる品。
友湖の工房で裂からオリジナルに作成した新年用の服紗。ねずみ年にちなみ、ハツカネズミにかけたハツカダイコンを柄のモチーフに使ったという、遊び心あふれるデザイン。

 金襴、緞子、間道とは茶の裂における代表的な織りの技術。いわば「3大織り方」である。金襴は金箔糸を用いて織ったもの。緞子は繻子(しゅす)の地模様に、その裏組織で文様を織り出したもの。間道は縞模様の織物を総称する。豪華絢爛な金襴に対し、渋く落ち着いた美しさを表すのが緞子。それらとはまた違った、ストライプならではの幾何学的な美をたたえているのが間道だ。

 当代が仕服の制作を受けるときは、持ち主の希望を取り入れることを第一にしているが、むしろ依頼する側にとっては、友湖の感覚に委ねる楽しみの方が大きいようだ。

 仕服に用いられるのは通常、「名物裂」やそれを復元した「復元裂」、あるいは「写し」といわれる上等な絹織物だ。

 名物裂という呼び名のゆえんは、江戸時代の小堀遠州に遡る。遠州はあまたある茶道具の体系的な整理に取り組んだ際、とりわけ貴重なものに「大名物」「名物」「中興名物」というランクを付けた。それら名物には、格式の高い茶入が圧倒的に多く分類されることになったのだが、その名物茶入に使われていた仕服の裂を、合わせて「名物裂」と称したのだ。厳密にいえば、現存する当時の織物こそが名物裂であり、それらの文様を細密に写した現代の織物は名物の「写し」となる。ただし現代の写しでも、圧倒的な技術で織られている裂を、稀少性も含めて名物裂と呼ぶことがあり、呼称はいささか混乱している。

誰がどんな扱い方をしても、茶入にピタッと沿う。それが友湖印の本領だ。

 精緻な文様が織り出される名物裂は、それ自体がすでに美術工芸の粋である。名物裂の多くは宋、元、明、清時代の中国から渡来したもの。鎌倉時代から江戸中期にかけて日本に入ってきた最上級の交易品で、これらを手にすることは、まさしく往時の権力者の証であった。

 友湖の工房にある仕事箪笥には、代々が集めた名物裂が収められている。もちろんこれらは単なるコレクションではなく、仕服を作るときの材料にもなる。10数本を見せてもらったが、そのとき、巻いた織物のすき間から、はらはらとこぼれてくる切れ端があった。どんな小さな切れ端でも取っておき、大切に仕舞われている。それほど貴重な織物を袋師は扱うのである。