バイアステープ状と見付け用の麻布。

 最初の工程は、「木地固め」である。木に漆を浸透させて固める作業で、木地に水分が浸み込むのを防ぎ、木地の上の下地を弱めない目的で施される。漆をよく木地に浸透させるために、生漆は溶剤で希釈し粘度を下げる。十分に浸透したら余分な漆を拭き取り、漆を十分乾かす。

 ここでは漆が固まることを「漆が乾く」と表現する。同じ言葉を漆芸職人も使うが、いわゆる「乾く」という意味とはずいぶん違う。一般の塗料は水分や溶剤が蒸発することで固化する。文字通り乾かすのである。しかし漆は、化学変化で固化する。漆の水分に含まれるラッカーゼという酵素の働きによって、主成分であるウルシオールが空気中の水分と酸化重合反応して硬化するのである。漆の木を掻いた際に溢れ出す淡い色の樹液が、空気に触れて黒く固まるのはそのためである。

「布着せ」を終え段差を整えたところ。

 漆が乾くための条件は、温度24℃、湿度75%が最適で、この条件から大きく外れると乾きにくくなる。この条件を保持するための設備が「風呂」である。小さいものは戸が付いた棚状のもので、大きいものは押入ほどの大きさであったりする。梅雨時、夏などには室内でも乾きやすい条件になるが、室内に放置しておくと塗面にホコリが付着したりするし、室温の変動もある。つまり風呂は、温湿度の保持と防塵という、二つの目的を持つ設備なのである。

目の通った桧を鉈で篦の厚みに割いている。
割いた板を斜めにカットして2枚の材料を作る。

 風呂は、桧(ヒノキ)などの板材を組んで作られた気密性の高い収納設備で、内側の壁を濡れ雑巾で湿らせて高湿度を保つ。本間の東京にある工房には、間口1間、奥行半間ほどの天井に達する高さの棚状の風呂が3カ所にあり、湿度は自動調整になっている。奥久慈の工房にも押入状の風呂があるが、こちらは建物が裏山を背にして建っているため、風呂内部は床を張らず下は土のままとし、乾きにくい冬場でも裏山の湿気が上がってくるように設計してある。 木地固めが終わったら、次は「布着せ」である。傷みやすい部分に布を貼って強度を増す目的で施される。本間は縁と、「見込み」あるいは「見付け」と呼ばれる椀の内側の底部分に布を貼る。縁の部分は落した際などに割れやすい。見込み部分は、箸が最も当たる部分でもあるし、熱の影響を最も受ける部分でもある。この弱点に布を貼り漆で固めることで、強度を高めるのである。実際に、漆椀で布着せがされていない椀では、縁の木地が割れたり、見込み部分がヒビ割れたり剥離したりしたものがしばしば見受けられる。

 布着せに使われるのは麻布である。本間が特にこだわっているのは縁部分の麻布で、バイアス(斜め)に切って貼り付ける。木地は竪木で木取りしているので、木目は椀を置いたとき垂直方向に走っている。ここにバイアス・カットの布を貼れば、布の繊維は木目と斜め45度の角度で交わることになる。こうすることで縦糸・横糸、全てが木の補強のために働き、強度が一層増すのである。