江戸時代、代々の職家では、良い木地を使うために木地を仕入れて数年、数十年、ことによると数世代、数百年の単位で枯らしたものを保有していたと言われる。幕末期に名古屋で活躍した水野雨橘という名人は、4~5年風雨に晒して、それでも狂わなかった木地だけを使ったという。

 木造建築に襖・障子の日本家屋に火鉢ぐらいしか暖房器具がなかった昔はそれでよかったが、現代の住空間はさらに厳しい条件を漆器に突きつける。空調設備の普及によって、昔の日本ではあり得ない環境が作り出されるようになったのだ。たとえば、冬の空気は乾燥しているが、気温が低いためにそれほど木地や漆器から水分が奪われることはない。しかし、室内を暖房すれば、高温乾燥という、以前の日本にはあまりなかった環境が生まれてしまう。それにも漆器は耐えなければならない。

 日本だけではなく、外国からの注文にも応えなければならない。明治維新以降、人気を博した日本の漆器がその後、欧米、特にアメリカで破損して声価を落としたことがあった。気候の影響で極度に乾燥し、木地が反って箱がばらばらになったり、さらには蓋が無残にも真二つに割れたりしたらしい。それでも、江戸時代以前の上等品の漆器には変形が少ない。よく枯らした木地を使っていたからだろう。しかし、時代が下がるほど、安価なものほど変形が多くなる。

「中挽き」後の状態。
「仕上げ挽き」後の状態。

 こうした状況を踏まえ、本間は3年前にコンピュータ制御の蒸気式乾燥機を導入した。初めは低温で高湿度とし、3週間ほどかけて徐々に60℃前後の高温度で低湿度にすることで含水率を下げる。国内ではおよそ平衡含水率(自然界においてそれ以上乾燥が進まない状態に至ったときの含水率)は10%程度だが、乾燥機に入れて7縲怩X%まで一旦下げて過乾燥の状態とし、徐々に10%まで戻すのである。一度60℃位の高い温度と低い含水率を経験した木地は、温湿度の変化によって大きなダメージを受けにくくなる。この処理は椀だけでなく、本間が扱う木地の製品ほとんどに施す。テーブルのような巨大なものまで乾燥させる。

 漆椀の場合は荒挽きの後、3カ月間枯らして荒水を抜き、その後に乾燥機で1カ月間乾燥させる。次が中挽きで、徐々に肉厚を落とし完成形に近づけていく。この状態で数週間から数カ月間枯らす。特別入念な作品では、この時点でもう一度乾燥機に入れ、さらに2週間ほど外気に慣らす。最後が仕上げ挽きである。本間の工房では、椀の外側に乱れ筋という凹凸を付けている。使う人が持っても落しにくくするための配慮だという。

 こうしてやっと、木地が完成する。この作業だけで、およそ半年から1年ぐらいの時間がかかるのである。 (文中敬称略)