しかし、本間個人の創作活動は別として、工房が選んだ道はそのどちらでもなかった。工房が手掛ける漆椀は、決して安いものではない。かといって凝った装飾もなく実にシンプル。伝統を踏まえ、さらには使い手の意見を取り入れ、使い手の立場に立ち、使い易い椀として作られたものだという。それは、長く愛用してもらうための工夫である。だからこそ、とにかく真面目に、手を抜かずに作る。だから堅牢で酷使にも耐える。それは人間国宝で本間の師であった赤地友哉や、さらにその師である渡邊喜三郎が作った薄作りで繊細な懐石道具の椀類や、輪島塗の蝋色塗(ろいろぬり)で鏡のように磨き上げられた椀の作風とはまったく違う。「漆の本来の肌を生かした仕事」とでも表現すべきものである。

 工房は二つあり、木地を作る作業は、漆の木を栽培する茨城県奥久慈の工房が担当する。そこには、住空間と轆轤(ろくろ)部屋がある建物と、材木保管庫と蒸気式乾燥機・塗部屋を備えた建物の二つが並ぶ。ここで「塗り」を施す直前までの工程を完了させ、もう一つの東京・荻窪の工房に運ぶ。

 漆椀の木地は、欅(ケヤキ)の太い幹から切り出す。この作業を木取りと呼ぶ。幹の木目に平行に取るか直角に取るかによって「竪木取り」と「横木取り」と呼び分ける。竪木は幹を輪切りにして切り口を上下に木取りする方法で、横木は幹を縦に鋸挽きした板材から木取りする方法である。椀類は通常、竪木取りで、本間も竪木で取る。

「墨付け」後の状態。
「荒取り」後の状態。
「荒挽き」後の状態。

 木目の芯の部分とその付近は割れやすいので使えない。そして樹皮に近い、ごく近年成長した白い部分は白太と呼ばれ、水分が多く変形しやすい。一般的には白太も含めて木取りをするのだが、本間はこの白太の部分を使わない。その内側の赤味と呼ばれる部分だけを使う。白太を使っているかどうかは、塗りを重ねれば、外見上は全くわからなくなってしまう。それでも使わないのは、「良質な漆器を作る」という本間のこだわりである。

 こうして切り出された材料は、轆轤で削って成形していく。この加工作業を「挽く」といい、挽いてできたものを「挽物」、挽く職人を「挽物師」と呼ぶ。日本の伝統的な轆轤は1人が「動力」となって轆轤を回し、もう1人が削る2人挽きの手挽き轆轤であった。しかし明治期には1人挽きの足踏み轆轤が登場し、明治の末期には電動轆轤が導入されて飛躍的に生産量が伸びた。本間が使う轆轤ももちろん電動轆轤である。主に「針打」、「割り嵌め」などのアタッチメントを使って椀木地などを轆轤に固定し、自ら鍛冶仕事でつくった刃物で削ってゆく。

 成形の作業は、まず荒取りと呼ばれる概形を作り出す削り作業から始まる。太い幹の厚板からどうしたら効率よく取れるかを考え、そのレイアウトを板の表面に書き込む(墨付け)。そこから帯鋸などを使っておおよその形を作る。これが荒取りだ。

 そしていよいよ轆轤による荒挽きの作業に入る。ただし、決して一度には挽き上げない。少し挽いては、放置することを繰り返す。放置することを「枯らす」という。つまり木材の含水率を下げるのである。含水量が減れば木は縮み、変形する。長時間放置することによって変形するところはさせてしまう。そして徐々に、乾燥しても変形しない完成形に近づけていく。