孔雀図印籠。江戸中期のもので、飯塚桃葉の作とされる。

 現在、本間が経営する工房「荻房」では、本間以外に3人のメンバーが製作に従事している。本間について修業した長男の重隆、そして石川県の漆器産地、山中で修業した次男の健司と研修所の後輩、富永司である。それぞれに主な分担があり、重隆は主に漆の精製と塗、健司と富永は、茨城の奥久慈工房で主に木地の作製、そして漆畑の管理と漆掻きを担当している。

 その工房の主要製品である漆椀は、日本人の生活に密着したものであった。その影が一般家庭の食卓で薄くなり始めたのは大阪万博以降と言われている。現代でも味噌汁には汁椀を使うが、その多くは樹脂製になってしまった。今や安価な汁椀なら、100円ショップで手に入れられるご時世である。



 それに対抗する一つの手段は、「漆器の低価格化」である。しかし、この方法には落とし穴がある。扱いやすい材料、製造装置を導入し工程を簡略化することで、長い歴史の中で磨かれてきた漆椀の独特な形状が、「その形である必然性」を失っていくことだ。実際、時代が下がるほど形が崩れ、優美さと緊張感を損なった椀が多くなっていく。漆器の分業体制も、その傾向に拍車をかける。旧来、漆器の品質やデザインは流通を司るものの手によって決められていた。しかし、このご時世である。流通を担当するものの意識は、価格を下げること、つまりは手間代と材料費を抑えることに向いてしまう。

 けれど伝統的な漆器は、長い歴史の中で洗練されてきたもの。形にしても構造にしても工程にしても、およそムダなどないのである。「どうせ見えないから」と下地などで手間を省くと、必ず手痛いしっぺ返しを受ける。割れたり、ひび割れたり、剥がれたりと。そのしっぺ返しを受けるのは生産者ではなく消費者。そうなれば、漆器は声望を失い、ますます一般の日本人から縁遠い存在になっていく。それを防ごうと一層のコストダウンを進めれば、さらに品質が下がり愛好者を減らすという悪循環に陥っていくだろう。

 こうした低価格路線とは逆に、「漆器を芸術の領域にまで高める」方向を志向する動きもある。蒔絵などで優美な装飾を加え、あるいは新しい表現手法を漆器に吹き込み、「樹脂では到底なし得ない」領域へと逃げ込むわけだ。もちろん、これを成し遂げるためには高度な技と芸術的な表現能力の両方を兼ね備えている必要があるのだが。