「いかに作るか」から「何を作るか」へ,技術者も企業も転換期に

日経エレクトロニクス表紙

 バブル景気の真っただ中,街にはワンレン,ボディコンの女性が闊歩し,男性は「5時から男」と揶揄やゆされた。リクルートの関連会社であるリクルート・コスモスの未公開株の譲渡をめぐって大物政治家などが次々と逮捕された,いわゆる「リクルート事件」も世間を騒がせた。

 読者の関心の高かった記事はTRON関連のほか,電子技術者に関するものだった。理工系新卒者の製造業離れが叫ばれ始めるとともに,仕事の重点が「いかに作るか」から「何を作るか」へと移り,それに対応した組織の構築や人材の確保が必要とした。研究トップは基礎重視,国際化をキーワードに,今後10年間の主な研究テーマとしてAI(人工知能)やISDN(デジタル統合網),マイクロエレクトロニクス,超電導,光エレクトロニクス,高品位テレビなどを挙げた。パソコンなどの外部記憶用やCD用の書き換え可能型光ディスクに関する記事も好評だった。国際標準規格作業が始まり,1~2年後に市場が立ち上がるとした。同時に光ディスクとLSIメモリの挟み撃ちに遭う磁気ディスクを「どこへ行くのか…,磁気ディスク」として早晩,冬の時代が来ると結んだ。

1988年に読まれた記事 BEST 3
  1. TRON(1月25日号)
  2. 転換期の電子技術者(7月11日号)
  3. 限界が見えてきた,TTLの高速化(9月5日号)
1988年に評価が高かった記事 BEST 3
  1. 転換期の電子技術者(7月11日号)
  2. 研究トップに聞く(1月11日号)
  3. 書き換え可能型光ディスク(2月8日号)

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本記事は,2006年7月に発行した日経エレクトロニクス創刊35周年特別編集版「電子産業35年の軌跡」から転載しました。内容は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります

―― 【次回】1989年:世界初のノート・パソコン ――