高台を作るのには主に2つの方法がある。多くの場合は、乾燥時に底の部分は硬くなってしまうので、轆轤で成形した段階で底になる部分より下で切り落とし、乾燥後にその余剰部分を切り落とし高台を削り出す。ただし、ものによっては成形時に切った部分がそのまま底になるように高台を形成する場合もあるそうだ。

 削りの後は、温度800度ほどで素焼きを行うが、その前に、器の表面に彫りなどで装飾を施すこともある。代表例が、16世紀に朝鮮半島で作られた陶器にある「三島手」と呼ばれる手法である。この作品では、花柄などの文様を側面に印のようなものを使って押していく。最終的には、押した跡に別の色の土を埋め込んで文様を表すのだが、この印ももちろん自ら粘土を焼いて作ったカスタム品である。

 工房の隅には、これまで使ってきた印が無造作に木箱に入れられている。印以外にも、粘土を型に入れて成形するための土型もある。これを使い、小さな動物をかたどった香合(香を入れるための容器)などを製作する。それらを手にすると、中には作製年が彫られているものもある。弘化3年(1846年)、大正11年(1922年)・・・。何気なく置かれてあった木箱の中に、永樂家の長い歴史が折り重なるようにして詰め込まれている。

 「昔の人は何にでも、何年のものと書く習慣があったんやね。時には何年何月まで書かれてある」と言って当代は笑う。職人も別に感慨もなくそれを選り、使う。意図するものがそこになければ、新たに作り、やがてその「ミニ歴史博物館」たる木箱の中の一員となるのだろう。そうしたことを自然に繰り返していくうちに、当代も職人も、自分たちが永樂家の歴史という中で生かされていることを無言のうちに覚っていくのかもしれない。(文中敬称略)