永樂家の作品には、信楽写や伊賀写といった土の風合いを見所とするものもあるが、やはり色釉の鮮やかな発色を生かした繊細な色絵陶器が代表的な作風とされ、どちらかというと造形美よりも装飾美に目を奪われがちである。しかし、たとえば仁清写の茶碗を手に取ってよく味わってみると、厚み一つにしてもほどよく上品に削られ、その口縁部も一直線ではなく、ゆるやかなうねりを与えられていたりする。姿や持った感触、重さなど、そのすべてにある種の優雅さを感じさせるのだ。素地も、白色といえば白色だが、決して真っ白ではない。色絵が載ったときに華やかすぎず、暗すぎずという絶妙な明るさに抑えられている。それはすべて偶然なのではなく、仕組んだことなのである。

 その手始めとなるのが、水挽機と呼ばれる轆轤による成形である。ここで大雑把に器の形が決まる。工房には3台の轆轤が並んでいて、その周りには、掘りごたつのように足を入れ、轆轤を股の間に置いて作業ができるように溝が作られている。当代は、そこに足を入れ轆轤を回す。けれど、ほとんどの職人たちは溝に足を入れず、胡坐をかいた状態で前屈みに轆轤を回している。溝は使わないから、土の削りかすがこんもりと山になっている。

 「いやね、職人たちと私たちではやり方が違うんですよ。職人たちは工房の先輩からこのやり方を習ったようですが、私は学校(東京藝術大学)で習ったもんで。そのときからずっとこのスタイルなんですわ。職人の真似をして胡坐スタイルでやろうとすると、溝へ落っこちそうになるし腰が痛うなるし」

 どうやら永樂スタイルというのは、もっぱら作風の問題なのであって、作業スタイルとはあまり関係がないらしい。

 こうして成形が終わると、「室(むろ)」と呼ばれる扉付きの棚で乾燥させる。部屋の中にそのまま置いておくのではなく室へ入れるのは、急激に乾かさずにある程度の湿度のある中で乾燥させるためである。土の種類にもよるというが、乾燥時間はほぼ丸1日である。

 十分に乾いたら、鉋(かんな)と呼ぶ金属製の刃物で表面をならし、さらには底部に輪状の「高台」を削り出す。両端が逆向きの「く」の字に曲がった鉋はお手製だ。作るものの側面のカーブに合わせて角度を調整して使うのは、不必要な傷をつけないためである。側面についた水挽きの跡を削ってならすのが目的だが、時にはその筋を意図的についたままにしておくこともあるし、わざと指跡をつけることもある。

 古い名品を永樂風に再現する写し物の制作においては、偶然できた手作業の味わいを、作為的に、けれど作為的に見えず自然に感じられるよう作品に作り込む。この「作為的に無作為な感じで」というのが、なかなかに鋭い感性と高度な技を必要とする作業なのである。