周士は、スパッ、スパッと造作なく木を割っていく。だが、誰にでもできることではない。似たようなことはできても、使えない材料を作ってしまったり、使えるにしてもムダの多い割り方をしてしまったりする。だから、職人の技量によって、同じ木材からできる桶の個数が変ってくる。達人が作れば、同じ木材から多くの桶が生まれ、ゴミはほとんど出ない。技量が落ちればそれだけ桶の個数が減り、その分だけゴミが増える。そのゴミは手を動かすことによって生まれるわけだから、作業時間も長くなる。二重の意味で無駄が増えるのだ。

 「貴重な自然の恵みである木をどう無駄なく使うかですよね。たとえば、最後の仕上げのところで最後に一鉋を入れる。つまり、その仕上げのところで最後の一傷が消える状態に持っていくのが理想なんです。それでこそ、鉋屑一枚の無駄もなく材料が使えたということになる。難しいことだけど、祖父なんかはそれをいとも簡単にやっていた」

 材料を効率的に使うという意味で、ヘタな職人よりもっと無駄が多いのが、工業的な製造方法なのだという。現在多く用いられている方法では、木材をある一定寸法の短冊状の板にする。その板の表裏を円弧状に加工して側板にするのである。まず、不定形の木材から規格化された寸法の板材を切り出す際に多くの木材が無駄になる。さらに、円弧状に加工する際にも多くの無駄がでる。つまり、機械を使うことで作業コストや納期は大きく下げられるが、同じ木材からできる桶の数はぐんと減る。

 また、工業的な手法では、鋸で板材を画一的に切り出していくので、繊維は板面で断ち切られた状態になり、木目の方向もかなりバラつく。このことが、桶の寿命を縮め、さらには桶独特の木目の「美しさ」を大きく損なうことになるのである。