プロジェクトで問題なのは、遅れが発生することそのものでなく、遅延が可視化されていないことだ。関係者の介入を恐れて本音と建前を使い分ける「二重帳簿」状態になれば、問題解決は絶望的になる。言いにくいことでも本音で問題を共有し、プロジェクトチーム全体で解決に当たろう。
今回はQCD(品質、コスト、納期)に関するトラブルを取り上げます。とはいえプロジェクト管理の課題はQCDに集約されてしまうので、どんなトラブルもQCDに絡んでいると言えます。これまで紹介してきた事例もどこかでQCDと関係していました。
連載の締めくくりとして、ここではよりストレートにQCDに起因するトラブルの典型例を紹介します。品質、コスト、納期のうち、トラブルの火元として多いのは品質と納期です。どんなトラブルが起こるか、見てみましょう。
はい、大丈夫です。間に合わせます
できる、できる。プロジェクトマネジャー(PM)の大山圭一は、深呼吸をしながら自分に言い聞かせた。プログラムは仕上げられる。単体テストは終えられる。結合テストも大丈夫。全てのタスクが予定通りだ。
いや、厳密に言えば、製作と検証に多少の遅れが出ている。幾分要員が不足気味なのだ。来週からは納品準備作業が始まるので、さらに苦しくなるはずだ。
でも、作業は管理できている。みんなで一丸となって頑張れば、絶対やり遂げられる。
繰り返し自己暗示をかけている大山の耳に、顧客の富田林副長の声が聞こえてきた。
「本当に、来月からUAT(ユーザー受け入れテスト)をスタートできるんですかね、大山さん」
自己暗示の効果か、答える大山の声は比較的落ち着いたものだった。
「もちろん大丈夫ですよ。進捗報告書とWBS(Work Breakdown Structure)の通り、結合テストに遅れは出ていますが、環境設定の不備は既に解消しています。今週末にはリカバリーできる見込みです」
富田林副長の顔は疑わしげだ。
「本当なら昨日、基本操作説明会を実施いただくはずでしたよね。ドタキャンになったと経理部の小森から報告を受けてます。大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫です。先ほどご説明したように、結合テスト環境の不備のせいで、説明会を実施できなくなり申し訳ないと思っています。不備解消のめどは立っていますから、すぐにでも説明会は実施できる状況です」
「あれ?環境不備は解消したんじゃないんですか」
大山は落ち着きなく瞬きした。
富田林副長は、怒ったというより、むしろ心配そうな顔を大山に向けた。
「いやいや、先ほど、不備は解消したとおっしゃいましたよね。今、解消のめどが立ったとおっしゃったので、どっちなのかなと」
大山は、機械的な笑みを浮かべた。
「ああ、パラメーターの設定まで終わってるんで、解消と申し上げたんです。画面系のモジュールとテストツールはこれから動かします。そういう意味です」
「大丈夫ならいいんですがね。報告書によればシナリオ320本のうちの298本まで終えているってことだから、テスト開始には問題なく間に合うってことですよね」
問題はあるし間に合いそうにない、という言葉を大山は飲み込んだ。内部結合テストどころか、まだ出来上がっていないプログラムもある。テストツールがまともに動くかどうかも未知数だ。シナリオ298本は実行まで行ったが、検証が全て終わったわけではない。修正を要するバグらしき事象もちらほらと出ている。
今週末はみんなで出勤してキャッチアップしようとしているのだが、どこまでリカバリーできるだろうか。でも、ここは言い切るしかない。お客様の前で、遅れているなどとは口が裂けても言えないのだ。
大山は、少し上ずった声で答えた。
「はい、大丈夫です。間に合わせますから」
トラブルの要因
プロジェクトでは、必ずといっていいほど、遅れが発生します。問題は、遅れそのものではなく、遅延やその影響・リスクが可視化され、コントロールされているかどうかです。まず、「遅れそうだ」と予測し、遅れが現実になる前に対策を講じる、それでも遅れたら原因に応じたリカバリー策を講じた上で結果をトレースする、というPDCAサイクルがうまく回っているプロジェクトは安心して見ていられます。
ところが、当事者が可視化したがらない場合があります。「遅れている」「うまくいっていない」という状況を共有すると、顧客や上司が介入してきて面倒なことになるからと、遅れや問題を公にせずに自分たちの中だけで何とか解決しようとするのです。人情としてその気持ちは分かりますが、経験上、このやり方はほぼ例外なく炎上の原因になります。
最悪なのは、この事例のような「二重帳簿」です(図1)。現実の計画と実績とは別に、公式報告上の計画と実績が存在する状態、いわゆる本音と建前が乖離している状態を作ってしまうと、リカバリーは絶望的になります。ただでさえ遅れているのに、2つの帳簿を管理するという余分な労力まで加わるのですから、切り回せるわけがありません。
この先は有料会員の登録が必要です。「日経SYSTEMS」定期購読者もログインしてお読みいただけます。今なら有料会員(月額プラン)が2020年1月末まで無料!
日経 xTECHには有料記事(有料会員向けまたは定期購読者向け)、無料記事(登録会員向け)、フリー記事(誰でも閲覧可能)があります。有料記事でも、登録会員向け配信期間は登録会員への登録が必要な場合があります。有料会員と登録会員に関するFAQはこちら