ソニーが医療見据え力覚フィードバックの遠隔操作装置、光学式FBGで力計測

2019/10/10 00:00
進藤 智則=日経 xTECH/日経Robotics
出典: ,日経Robotics、2019年11月号 ,pp.6-10 (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)
本記事はロボットとAI技術の専門誌『日経Robotics』のデジタル版です

 ソニーが手術支援ロボットなど医療用途を見据え、力覚フィードバック付きの遠隔操作システムを開発した。

  手術支援ロボットとして世界首位の出荷実績を持つ米Intuitive Surgical社の「da Vinci」のようなマスタースレーブ型の装置である(図1図2図3)。自社の研究開発部門であるR&Dセンターで開発してきた試作機を、2019年9月に披露した。

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図1 ソニーが開発したバイラテラル遠隔操作システムのスレーブ側の外観
4軸の架台部と3軸の手先から成る。鉗子のような形状の手先部は、ワイヤ駆動である。手先にはグリッパ部とシャフト部に、光ファイバによる力覚センサを内蔵している。

 試作機はまだ基礎研究的な段階であり、すぐに医療向けに利用できるフェーズにはないとみられるが、ソニーが自社のロボット技術を医療向けに応用することを見据えていることが明らかになった。

 同社は1980年代からカメラやモニターなど映像関連の機器を手術室や検査室向けなどに提供してきたが、マスタースレーブのように物理的な動作を行う機器についても、ついに医療向けに応用しようとしている。

図2 力覚フィードバック付きの遠隔操作システムの全景
左側がマスター側、右側のロボットがスレーブ側である。左右の手を想定して2系統の遠隔操作システムを用意したが、実演では1系統のみ動作させた。0.4mm×0.2mmなどの微小な電子部品やスポンジなどを把持して、積み上げるなどのタスクを披露した。画面中央のモニターには、力覚センサで計測したグリッパの力が縦棒で示されている。
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図3 マスター側のシステムの外観
6自由度(グリッパを除く)のパラレルリンク機構を用いている。左手用と右手用で2系統あるが、実演では右手用のみ稼働させた。スレーブ側のグリッパは、手元のコントローラのレバーを押すことで開閉する。各軸のモータ付近には、エンコーダのバックアップ用電池らしきものが見える。
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 マスタースレーブ型の手術支援ロボットとして現在、最も普及しているのはIntuitive Surgical社のda Vinciである。世界で4000台以上の納入実績を持ち、圧倒的なシェアを持つ。

 当初は自由診療のみだったが、保険適用が始まり、現在ではがんの手術など多くの手術で利用できるようになっている。外科医は立体映像を見ながら、手元のマスター装置を両手で操作し、スレーブ側の鉗子状のハンドを操作する。細い鉗子状のハンドを腹腔内に入れるため、通常の開腹手術と比べて低侵襲であることが特徴である。

 ただし、現状のda Vinciシリーズには力を計測し、それを操作者の外科医に提示する力覚フィードバックの機能はない。da Vinciに習熟した医師であれば、特に力覚がなくとも立体映像を見ながらでの操作で十分、手術をこなせるといわれているが、da Vinciにない機能を実現しようと、力覚フィードバック機能付きの手術支援ロボットを開発するベンチャー企業が複数出てきている。Intuitive Surgical社自身も力覚フィードバック機能についての特許などは取得しており、研究開発は進めている1)

 基礎研究レベルでも、da Vinci自体に力覚センサを実装し、力覚フィードバック機能を付加しようとする試みが多くある。また、骨など硬い組織を扱う整形外科の手術向けなどでは、既に力覚フィードバック機能付きの手術支援ロボットも販売されている。ソニーの遠隔操作システムも、こうした方向性での研究といえる。

力や位置を1/10に縮小

 ソニーが開発したシステムは、左右の両手で操作できるよう2系統のマスタースレーブ装置から成る(図2)。操作者は偏光方式の3Dモニターで対象物を立体視しながら操作する。力覚フィードバック機能があるため、スレーブ側で対象物を把持した際、グリッパで対象物から及ぼされる反力などをマスター側で操作者に提示することができる。

 実演では、0.4mm×0.2mmなどの微小な受動電子部品をグリッパで把持して、積み上げるなどのタスクを見せていた。スポンジのように柔らかい物体を把持した際は、マスター側で提示される反力も小さくなる。マスター側の位置や力は、スレーブ側では1/10に縮小して出力される。

 マスター側は、遠隔操作時の力覚提示の障害となる慣性を減らせるよう、軽量なパラレルリンク機構を採用している(図3)。スレーブ側は4軸の架台部と、3軸のハンドから成る。スレーブ側の手先の関節やグリッパはワイヤ駆動である。

 ソニーの遠隔操作システムの特徴は、スレーブ側での力の計測に光ファイバを利用している点である。力覚をフィードバックするには、まずはグリッパやハンドなどに掛かる力を計測・推定する必要がある。

 力の計測は、協働ロボットなどで用いられているように様々な方式がある(表1)。(1)抵抗値変化を利用するひずみセンサによる方式、(2)モータの電流値を基にしてオブザーバで推定する方式、(3)光ファイバを用いる方式、(4)圧力センサを用いる方式(油圧駆動や空気圧駆動の場合)、などである。

表1 力覚計測の主な方式

 この中で、ひずみセンサを用いる方式は最も一般的であり、産業用ロボット向けの力覚センサなどでも用いられているが、壊れやすいという欠点がある。また、電磁雑音などにも弱い。手術支援ロボットでは組織をアーク放電で止血しながら焼き切る「電気メス」などを用いることがあり、これが大きな雑音源となるため、通常のひずみセンサは影響を受けやすい。

干渉によるBragg反射を利用

 そこで今回、ソニーは光ファイバを用いる方式を採用した(図4)。グリッパの裏面と、グリッパを支えるシャフトの内部のそれぞれに、4本の光ファイバを内蔵する。

  これにより、グリッパで対象物を把持した際の反力と、ハンドが何らかの物体に接触した際の接触力を独立に計測する。4本の光ファイバを用いることで、力を3次元で計測できる。

図4 グリッパ内とシャフト内に力覚センサを内蔵
光ファイバによるひずみセンサ(力覚センサ)を採用している。グリッパでは把持時の反力を、シャフトではグリッパ部などに掛かる力をそれぞれ計測している。光ファイバの配線はまだ内蔵しておらず、外部に露出している。(左のイラスト:ソニー)
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 光ファイバによる力計測にはいくつかの方式があるが、今回、ソニーは特定の波長の光のみを反射させる現象「Bragg反射」を利用した「fiber Bragg grating(FBG)」という方式を用いた(図5)。

 光が通過する際、屈折率が異なる部分に達すると屈折して曲がる。光ファイバ内部では中心のコア部と外側のクラッド部とで屈折率を変えることで、コア内で光が反射しながら進むようになっているが、FBG方式ではコア内でさらに屈折率が異なる第3の領域「FBG」を一定の間隔dで周期的に設ける。これにより、その領域の屈折率や間隔dに依存した波長のみが、それまでの進行方向とは逆の向きに反射する。

図5 ソニーが採用した光ファイバによる力覚計測の仕組み
内部に、光の干渉による反射用の領域「FBG(fiber Bragg grating)」を設けた特別な光ファイバを用いる。屈折率がコア部と異なる領域を周期的に形成してあり、特定波長のみが反射する。反射する波長は間隔dに依存する。このため、外力により光ファイバが曲がってdが変化すると、反射する光の波長もシフトする。このシフト量から、ひずみ(外力)を計測できる。
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 FBGでどのような波長の光が反射するかは間隔dに依存するため、光ファイバが外力を受けて微妙に曲がると、間隔dも微小に変化し、反射光の波長がシフトする。このため、この反射光の波長を入射側で計測すれば、光ファイバのひずみ量を推定でき、ひずみセンサ(力覚センサ)として利用できるというわけだ。

 FBG方式では、光を反射させるFBG領域を1本の光ファイバ内に複数設けることができる。Bragg反射させる波長をそれぞれのFBG領域で変えておけば、1本の光ファイバの異なる場所のひずみ量を、独立に計測できる。100mほどの長さにも対応するため、FBG方式は橋梁やトンネルなどの土木インフラにおいて、変位をモニタリングする用途などでも使われる。ソニーは詳細は明かしていないが、別の物体への接触力を計測するためのシャフト側の光ファイバについては、1本のファイバ内に複数のFBGを設けている可能性もありそうだ。

振動を用いた触覚提示も

 ソニーは今回の遠隔操作システムにおいて、力覚に加えて、物体表面のざらつきや滑らかさなどに関する「触覚(tactile)」提示の機能も開発している2)

 スレーブ側のハンド付近にマイクを実装し、その信号を物理的な振動として操作者に提示する。計測した音自体を操作者にスピーカ経由で提示するほか、グリッパを操作するマスター側で、スティックの指が触れる部分にボイスコイルモータを実装しており、マイクで収集した信号を直接、機械的な振動として操作者に提示する。提示した振動が、マスター側の操作指令の雑音とならないような工夫も施しているという。

慶大の制御技術を採用か

 ソニーの技術のもう1つの特徴は、マスタースレーブの制御方式として加速度次元の制御を採用している点だ。ソニーは詳細を明かさないが、慶応義塾大学 理工学部 教授の大西公平氏らが考案した「加速度ベース制御(ABC:acceleration-based bilateral control)」を用いているとみられる(図6)。

 ABC方式は本誌が2018年2月号で解説したように、位置や力の次元だけでなく、加速度の次元で偏差などの演算を行う3)。力の伝達をマスター側とスレーブ側とで双方向にスムーズに伝達できる特徴がある。トヨタ自動車なども、2足歩行のヒューマノイドロボットの遠隔操作にABC方式を用いている。

図6 制御方式には加速度ベース制御を利用
マスター側とスレーブ側の制御には、慶応義塾大学の大西氏らが開発した加速度ベース制御方式「ABC(acceleration-based bilateral control)」を利用しているとみられる。図中で赤色の領域が、加速度の次元での制御になっている。Mは仮想慣性質量。マスター側の操作をスレーブ側の微小な力にすべく、スレーブ側の位置や力は10倍ほどにスケールする。図は本誌による推定。
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 ABC方式は加速度を最初の目標値として制御するため、加速度を2階積分した次元である位置の同期はそれより少し遅れる。この位置制御の時間遅れを操作者に感じさせないようにするには、制御周期を十分短くする必要がある。

 慶大の大西氏らはABC方式を企業が利用しやすくするため、スピンアウトのベンチャー企業、モーションリブを設立し、2軸分のABC方式を実装した専用チップ「AbcCore F1」を販売している。このチップでは、最大5kHzの制御周期に対応している。ソニーが今回のシステムに同チップを採用しているかは不明である。

 慶大らは力の計測をセンサレスで行うオブザーバによる方式を推奨しており、AbcCoreにもオブザーバの演算などを実装してあるが、ソニーは前述したように、スレーブ側の力の計測にはFBGを利用している。ただし、マスター側の装置には力覚センサらしい部品が外観からは見当たらないため、マスター側についてはモータの電流値からオブザーバで外力推定しているとみられる。

参考文献
1)米国特許:US9895813B2、“Force and torque sensing in a surgical robot setup arm”
2)https://www.sony.co.jp/SonyInfo/sony_ai/technology/bilateral.html
3)進藤、「
広がる力制御、人との接触検知や教示作業に、将来は深層強化学習や模倣学習との融合も」、『日経Robotics』、2018年2月号、pp.6-9.

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