設立を主導したのは、IBM 東京基礎研究所の元所長で、現在は世界レベルのAIベンチャー、Preferred Networks(PFN)でFellowを務める丸山宏氏らだ。丸山氏は日本ソフトウェア科学会の理事長(2017年度)を務めていることもあり、同学会の中に置くこととなった。

 MLSEの発起人の1人で、AIベンチャーのLeapMindの技術者である今井健男氏はMLSEのスタンスを「特定の手法を開発したり策定したりというよりも、機械学習工学に興味を持つ国内の技術者や研究者が集える場を提供するファシリテータの役割」と解説する。

 MLSEと似た位置付けのコンソーシアムも発足している。ソフトウエアテストやソフトウエア品質分野の技術者などが中心となって立ち上げた任意団体「QA4AI(AIプロダクト品質保証コンソーシアム)」である。ソフトウエアテストの専門家である電気通信大学 講師の西康晴氏が取りまとめ役となって発足させた。前述のJAXAもこのQA4AIの発起人となっている。電通大の西氏は、「JAXAの取り組みの成果などもQA4AIで取り込んで行きたい」と語る。

体系的なアプローチがまだ存在せず

 こうした動きが相次いでいるのは、機械学習を用いて何らかのシステムを構築しようとする際の体系的なアプローチがまだ存在しておらず、多くの組織やコミュニティが危機感を抱いているからだ。「コツ」や「ノウハウ」といった切り口で議論している段階では、成熟したエンジニアリング体系にはなり得ない。

 そもそも技術の世界では、仮にモノは作れたとしても、なぜそれが作れるのか、どのようにするとうまく作れるのかという工学的な体系は、モノを作れるようになった後、追い掛けるようにして構築されるのはよくある現象である。

 ソフトウエアがその典型例だ。ソフトウエアはコンピュータが誕生した当初から存在しており、多くの技術者が作るようになった。しかし、ソフトウエアを体系的に構築するアプローチが必要だとの危機意識は、ソフトウエアが社会からの期待を集めて次第に複雑化し、「ソフトウエア危機」が叫ばれ始めたことで顕在化した。1968年のNATO(北大西洋条約機構)の会議で「ソフトウエア工学が必要」との提言が出されたことがその象徴だ。その後、ソフトウエア工学は数十年にわたって徐々に知見が蓄積され、現在では「SWEBOK」のような体系としてまとめられている。

本記事はロボットとAI技術の専門誌『日経Robotics』のデジタル版です

 現在の機械学習は、NATOの会議でソフト工学の必要性が提唱された当時のソフトウエアが置かれた状況と似ているといえる。「ソフトウエア危機」ならぬ「機械学習危機」といえるかもしれない。工学的な体系はまだ出来上がっていないものの、社会全体がその技術の将来性に強く注目・期待し、体系化の必要性を認識し始めたフェーズだ。

 AIや機械学習はブームのような様相を呈しているが、少なくとも現在のソフト工学と同程度には十分な体系化がなされなければ、社会の期待に応えにくくなる。機械学習の品質や性質を技術者や研究者の側が体系化し、注意点やリスクなどを技術のユーザー側に正しく伝えて啓蒙していかなければ、機械学習やAIに対する無用な誤解や過大な期待がブームの副作用として生じる。そうした危機感が機械学習の研究者や技術者にはある。

次回は……
1)https://medium.com/@karpathy/software-2-0-a64152b37c35
2)https://twitter.com/hillbig/status/930669215849287682
3)進藤、「ディープラーニングの不具合は誰の責任か、米国で起こる法的責任の議論をAI技術から読み解く」、『日経Robotics』、2016年6月号、pp.16-23.
4)進藤、「クルマの電子安全,始まる」、『日経エレクトロニクス』、2011年1月10日号、pp.29-57.
5)進藤、「国産ジェット機が秘める効能」、同上、2008年7月28日号、pp.41-74.
6)N. Leveson et al., ”STPA Handbook (JAXAによる邦訳版)
出典:日経Robotics、2018年6月号 pp.3-10
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。