東日本大震災で富士通のデスクトップパソコンの生産拠点、富士通アイソテック(福島県伊達市)は大きな被害を受け、生産が停止した。そのわずか12日後、島根富士通が代替生産を開始する。その事業継続計画(BCP)策定の責任者を務め、その後コンサルタントとして活躍する筆者に、主に組立加工製造業におけるBCPの在り方を解説してもらう(日経ものづくり)。

 平成という時代は、大規模な地震災害だけでも、阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、新潟県中越沖地震、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震など、災害頻発の時代として人々の記憶に残っていくだろう。

 災害対策においては、人命安全確保のための官民合わせた取り組みの進展と並行して、2005年には内閣府防災担当が「事業継続ガイドライン」を発行、2006年には国内発の専門家団体(NPO法人事業継続推進機構)が発足。日本企業における災害時の事業継続への取り組みが始まり、多くの災害事象の経験を踏まえて発展を遂げた時代でもあった。

 内閣府の調査では、中堅企業で「BCPを知っている」との回答は2007年度の段階では40%以下だったが、10年後の2017年には94%にまで上昇している。令和の時代を迎えた現在、大企業から中小企業にいたるまで、BCPは広く認知されるようになった。

BCPは文書作成が目的化している

 ところが、認知度が上昇しているにもかかわらず、企業のBCPへの取り組みは期待通りに進んでいるとはいえない。内閣府調査では「BCPへの取り組みが進んでいる」とした企業が2017年度でも大企業で64%、中堅企業で31.8%にとどまる。厳しい経営環境の中で利益に直接貢献しない活動に振り向ける余裕が無く「必要性は感じても後回しにする」「顧客からの要求に合わせて仕方なく文書だけは用意する」というケースが多いことも事実である。さらに、実際に生じた多くの災害において「策定したBCPが全く使えなかった」という声も頻繁に聞く。

 善きにつけあしきにつけ、今ではBCPの策定方法に関する情報はガイドラインをはじめ簡単に手に入り、専門家の指導を受ける機会も増えている。しかしながら、BCPの策定方法を考える前に、自社はなぜ(Why)BCPに取り組むのか、その目的(What)はどこにあり、目的を達成するための自社ならではの手段(How=BCP)は何か、というそもそもの整理が必要である。筆者の見るところWhy、What無しに、手段(How=BCP)を目的化しているケースがあまりにも多い(図1)。

図1 既存のBCP(事業継続計画)からの脱却
従来のBCPの概念には「なぜ取り組むのか、果たして本当に必要なのか」の視点が欠けている。(伊藤毅氏が作成)
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 BCPは不測の事態における事業継続計画だ。しかし、企業は災害事象など不測の事態に直面した場合には、BCPがあろうと無かろうと事業継続に必要な対応行動を実施しなければならない。阪神・淡路大震災や東日本大震災においてBCPが無くても勇敢に危機的事態に立ち向かい、見事に復旧・復興を成し遂げた企業は数多くある。

 そもそも自然災害の発生は、BCPがあっても防げない。また事前対策を実施していても被害は減らない。減らせるのは被害が大きくなる確率のみである。災害が実際に発生するまでは、どのような被害が生じるのか、どう対応すべきか分かりようもない。

 では、企業は何を目的にBCPを持つべきだろうか。多くの企業は、この本質的な問いに向き合うことなく、文書としての「BCP」作成を目的化している。

経営環境の変化とBCPの必要性

 前述の通り、BCPは企業が災害などの不測の事態に見舞われても、事業を継続するための計画である。言い換えれば、不測の事態発生時に「経営インパクト」をコントロールし、事業が継続できるようにするための計画である。経営インパクトとは災害などの危機事象発生の結果として生じるものだが、これは

と表せる。つまり、結果としての経営インパクトは、原因としての脅威の大きさと、抱える経営環境により決まる。この2つの要素のうち、脅威については頻繁に取り上げられ、脅威の頻発や激甚化がBCPに取り組むべき理由としてしばしば挙げられる。確かに、自然災害をはじめとする脅威は常に存在し、地球環境変化などの要因により頻度・規模ともに緩やかに増加・拡大し続けているのは事実である。

 しかしながら、本来注目すべきは経営環境の激変であり、これこそがBCPの取り組む必要性をもたらす最も重要な要素である(図2)。右肩上がりの経済成長が続いた昭和の時代から一転し、経済の長期低迷が続いた平成の時代では企業を取り巻く環境は厳しさを増し、ムダの削減や効率化の進展が劇的に進んだ。冗長な経営資源を抱えていても、市場の伸長が全てを覆い隠してくれた昭和の時代はとうに過ぎ去り、コスト削減圧力と地球規模での資源枯渇を背景に、企業は経営資源をいかにスリムかつ筋肉質にするかを経営の主要課題として取り組んでいる。

図2 なぜBCPが必要なのか
自然の脅威よりも、経営環境の激変による影響の方を重視するべき。(伊藤毅氏が作成)
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 さらに、ここにICT技術の爆発的な発展が加わり、年ごとに加速度的な進化を遂げている。地球規模のサプライチェーン、バリューチェーンの高速ネットワークが張り巡らされ、10年前では考えられないスピードでその様相を変化させながら拡大し続けている。ビジネスの前線にいる人であれば常に肌で感じているだろう(図3)。

図3 経営環境の移り変わり
事業環境の変化により、業務の停止時間が同じでも被る損失は飛躍的に拡大している。(伊藤毅氏が作成)
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 あらためて問うと、このような環境を抱える企業にとってBCPの必要性とは何だろうか。自然災害などの危機事象とは、突然の経営資源の枯渇である。すなわち、設備が破損する、サプライヤーが被災する、情報システムが停止する、担当者がいない、などの経営資源の枯渇が突然に発生する。

 このような事態が生じても、比較的冗長な資源を抱えていた昭和の時代であれば、相対的に資源の枯渇度合いも少なく、復旧再開も早かった。しかしながら、平成から令和へと、資源のスリム化と高速なネットワーク化が究極に進んでいる時代において、突然の資源枯渇は瞬く間に大きなインパクトとしてバリューチェーン上を拡大していく。このビジネスの高速ネットワーク化こそがBCPに取り組まねばならない本質的な理由であり、取り組む企業が真っ先に認識せねばならない事実である。

 繰り返しになるが、自然災害などの危機事象の発生は防げない、被害が発生してみないとどのような行動が必要かも分からない。どのように備えていたところで、所詮危機対応は“出たとこ勝負”である。しかし、ビジネスのスピードが相対的に遅く、何も準備しない出たとこ勝負で間に合ったかもしれない昭和の時代に比べ、スピードが加速度的に速くなっている今の時代では、従来の対応スピードでは間に合わなくなる。言い換えると、速いスピードで悪化する経営インパクトに企業が耐えられない。このような事態が発生し得るとの基本認識を持ち、“さらに迅速な出たとこ勝負”を追求すべきなのだ(図4)。

図4 時代により変化するBCPの必要性
災害により企業経営に生じるインパクトが急激に拡大するようになった。(伊藤毅氏が作成)
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 そのための第一歩は、自らが抱える環境を確認し、非常時において「誰に」「どのような影響を」「どれくらいのスピードで与えるか」を明らかにし、現状の行動スピードとのギャップを認識することである。BCPは策定しただけではダメで、訓練で改善せねばならない、としばしばいわれる。しかし、訓練の本来の目的は、BCP通りの行動の徹底ではなく、現状の対応行動スピードの可視化と、行動を遅らせる課題(ムリ・ムダ・ムラ)の洗い出しにある。

 訓練とは、企業の危機対応のスピードメーターである。この事実に気がついている企業は少ない。

 いうまでもないことだが、現在起きている環境変化は今後さらに加速していく。つまり、現状で必要とされるレベルのスピードを前提としたBCPは、早晩役に立たないものとなってしまう。

 今後の環境変化の方向性やスピードを見極めながらBCPに取り組むためには、経営者の積極的な関与が必須である。平常時に求められるスピードに対して、危機発生時の自社の対応行動のスピードがキャッチアップできているのか、自社のBCPは「早い」のか「遅い」のか。これを考えるようになれば、膨大なマニュアル文書がその答えにならないのは明確であろう。

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