3Dプリンターなどを備える市民工房「ファブラボ」の日本における立ち上げの中心人物である慶応大学教授の田中浩也氏。同氏らは現在、中小企業のデジタル化を推進する「ファクトリー・サイエンティスト」の育成に取り組んでいる。手軽にデータを収集し、分析できるインフラが整いつつある現在、それを上手に活用して業務改善へとつなげられる人材が求められている。(聞き手は中山 力)

写真:栗原克己

 中小企業の現場でデジタル化の中核となる人材「ファクトリー・サイエンティスト」を育成しようと、約1年半前から取り組んでいます。経済産業省の「産学連携デジタルものづくり中核人材育成事業」に採択されたのを機に具体的なカリキュラムを作成し、まずは2018年12月から2019年1月に全5回の試験講座を開催しました*1

*1 試験講座は、遠隔ビデオ会議システムを使い横浜、浜松、熊本の3カ所で同時開催した。参加人数は3会場合計で11人。

 この試験講座のカリキュラムに基づき、今度は5日間連続の合宿形式で2019年8月に実施したのが「ファクトリー・サイエンティスト育成講座」です(同講座については特集1のPart3を参照)。約20人という定員を設けはしましたが、試験講座よりも広く企業からの参加者を募集しました。

 私がファクトリー・サイエンティストの必要性を強く意識するようになった背景には、常々感じていた2つの視点があります。1つは、オープンな市民工房である「ファブラボ」の現状。もう1つは工場、特に中小製造業の現場におけるデジタル化の状況です。

ファブラボは社会課題を解決する場

 まず、「ファブラボ」が日本に増えてきた中で生まれた視点です*2。今、日本にはさまざまなファブ施設やシェア工房が200以上あります。そこに集まる人々はみんなものづくりが好きで、日用品を造ったり、個人メーカーやハードウエアスタートアップとしての製品化に活用したりしています。ただ私は、日本のファブラボは、既に存在しているような日用品を個人で造る、個人として楽しいものを造るというカルチャーと密結合しすぎたのではないか。そうした違和感を持っていました。

*2 ファブラボとは「デジタルからアナログまでの多様な工作機械を備えた、実験的な市民工房のネットワーク」である。日本では2011年に「FabLab Kamakura」(神奈川県鎌倉市)と「FabLab Tsukuba」(茨城県つくば市)が開設され、全国各地に約20のファブラボ施設がある。

 ファブラボには本来、そういう「個人によるものづくり」だけでなく、「社会課題を解決するものづくり」という意味があり、その点にもっと目を向けていくべきだと考えていたからです。「現場を見える化する」、「時間の余裕を作る」、「環境を良くする」といった、さまざまな社会の課題を解決する場としての活用です。

 実は、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のニール・ガーシェンフェルド氏が著書「Fab」の中で描いていたファブラボの世界はもともと「社会の課題を解決する」というイメージでした。例えば、ノルウェーの羊飼いが100頭の羊にGPS端末を付けて、羊がどこにいるか分かるように位置情報を管理するという話や、インドの村で牛乳の容器にセンサーを入れて、牛乳の成分を測るという話が紹介されています。まさに、ファブは現場の課題を解決する技術や手段であり、場でもあるんです。

 この「社会の課題を解決する」というファブラボの問題意識は、ファクトリー・サイエンティストが目指す「工場の問題を解決する」に通じます。工場の課題を解決するために知りたい物理量、例えば振動や音、湿度などを計測するさまざまなセンサーを既存装置に取り付けるには、治具やアタッチメントを簡単に造れる3Dプリンターが有効だからです。

 そうした用途では10万円しないような安価な3Dプリンターでも十分役立ちます。最近、3Dプリンターは製品を造れるかどうか、つまり製品の生産手段として使えるかどうかという観点で評価されがちです。しかし、治具やアタッチメントなどの生産手段としても、3Dプリンターはとても有効なのです。つまり、日本のファブラボの現状に不足している「社会の課題を解決する」という本来の役割が、ファクトリー・サイエンティストで実現できると考えたのです。

 一方、もう1つの「工場のデジタル化」という視点でもファクトリー・サイエンティストの必要性を感じていました。例えば、工場にIoT(Internet of Things)のシステムを導入しようとしたとき、特に中小企業ではシステムの構築が全て外注頼みになりがちです。

 外部の企業に頼んでシステムを構築してもらっても8割は満足できます。しかし、かゆいところに手が届いてない部分が2割は残るので、結局あまり使いこなせないシステムになってしまうのです。これが日本における工場のIoT化を阻む課題になっています。ファクトリー・サイエンティストが自社内にいれば、こうした問題は発生しません。

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