ジャパンディスプレイ(JDI)が苦境に陥っている。一度は、中国・台湾の企業連合から800億円の支援を仰いで同連合の傘下に入ることを決めた。しかし、支援予定だったファンドの相次ぐ離脱によって、先行きは不透明になってしまった。

 日本発の誇るべき技術革新であり、一時は事業でも世界を席巻した液晶パネルの現状は、まさに目を覆わんばかりの状況だ。液晶産業は、基礎研究から産業化に至るまで、一貫して日本企業が主導してきた虎の子の技術である。

 技術革新の代表例でありながら果実を得られなかった「日の丸液晶」の顛末から、次につながる教訓を学ぶべきではないか。今回のテクノ大喜利では、日の丸液晶が取るべきだった施策を議論した(表1)。

表1 「日の丸液晶から学べること」をテーマにしたテクノ大喜利の回答
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技術の本質を踏まえた長期戦略

 アーサー・D・リトルの三ツ谷翔太氏が語ったのは、産業の黎明期に長期戦略を描くことの重要性である。同氏は、「経営面から捉えた液晶産業の技術的特徴は大きく2つある。1つは『寸法の大型化・微細化が生産性向上につながる』というスケール則の存在。この特徴は、結果的に投資競争の過熱や在庫圧力の増大につながりやすいことを示している。もう1つは『内は擦り合わせ、外は組み合わせ』といえるパネルを構成する部材の特性である。競争の高い技術は部品や装置に集約され、部品や装置の外部仕様は標準化が容易だ。このため、装置や材料の輸出が技術流出に直結する可能性がある。こうした技術の本質を黎明期から気づいていた人は多いだろう。それを踏まえて、産業のライフサイクルを通しての戦い方を構想できていなかったことが日の丸液晶の敗因ではないか」とした。

 長期的戦略の欠如を現場目線で指摘したのが、長年にわたって液晶産業を見続けてきた某企業のFPD製造装置業界関係者氏である。同氏は、「日本のパネル製造業としての液晶産業の凋落は、1997年の三菱電機傘下だったアドバンスト・ディスプレイ(ADI)による台湾FPD業界への技術供与からスタートしたと感じている。なぜ、あれほど安価に技術を供与したのか。技術漏洩どころか、自分から安値で技術をばらまいてしまった。また、テレビ製造業としての液晶産業の凋落は、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)の興隆に始まる。同社のテレビは、ブラウン管時代には故障が多かった。ところが、ソニーから優秀なキーマンがサムスンに移籍して状況が一変した。日本の技術、人材、頭脳が競合を助け、そして、日本の凋落の遠因となった」と述懐する。

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