MEMS(微小電子機械システム)分野の旗艦学会「IEEE MEMS 2019(The 32nd IEEE International Conference on Micro Electro Mechanical Systems)」(2019年1月27~31日、韓国ソウル)で、東北大学教授の田中秀治氏が注目した論文とそのインパクトを解説する。いずれもセンサーなどのデバイスの性能やコストを改善する可能性のある技術だ。 (本誌)
「IEEE MEMS 2019(The 32nd IEEE International Conference on Micro Electro Mechanical Systems)」で発表された3つの論文の技術を解説する。
(1)同じ性能でチップ(ダイ)面積を従来の1/10に縮小した加速度センサー、(2)触れた指などに触覚効果を与えるハプティックデバイスのガラス上への形成技術、(3)過去に実用例がないと思われる材料による圧電素子、である。
小さいチップこそ競争力
(1)フランスの研究機関LetiとイタリアPolitecnico di Milano(ミラノ工科大学)は、チップ面積が0.12mm2と小さいz軸加速度センサーを共同で発表した(図1)。MEMSは半導体デバイスであり、競争力の重要な源泉は小ささにある。1mm角のセンサーは3mm角のセンサーに対して、チップコストで約10倍の優位性がある。1~2cm角の大型チップは、付加価値がなければ実用にならない。
10年程前、ベルギーIMECは、22mm×46mmと巨大な1100万画素のマイクロミラーアレイを開発した。これは、半導体製造装置メーカーであるオランダASMLのマスクレスエキシマレーザー露光装置の空間光変調器に使うもので、付加価値が極めて高いMEMSだ。またベンチャー企業のPreferred Networksは、深層学習用AI(人工知能)向けに、32.2mm×23.5mmのチップ4つを1パッケージに収めたデバイスを開発した。やはり高付加価値の大規模サーバー向けである。MEMSで同じ大きさの振動発電デバイスなどを開発しても採算は合わないだろう。
厚いマスと差動検知でSN比を稼ぐ
過去に0.4mm角の圧力センサーや0.7mm角のバルク振動ジャイロスコープの開発例はあるが、今回のチップは0.12mm2である。正方形なら0.35mm角となる。ただし、面積にウエハーレベルパッケージは含まない。性能はノイズ密度50µg/√Hz、共振周波数10kHzであり、チップ面積が10倍程度のz軸加速度センサーにひけを取らない。実は前年の「IEEE MEMS 2018」で原型の発表があったが、今回の発表は格段に完成度が高い。
構造のポイントは、加速度を受ける重り(マス)が厚い基板で出来ていて重いためにブラウンノイズが小さいこと、重りの動きを検知する容量検出が差動のため小さくても高いSN比(信号対雑音比)を確保できることである(図1)。特に差動検出の構造は巧妙だ。
Boschの3層ポリSiプロセスと比較
今回の構造は、エピポリSiプロセスとウエハー接合を組み合わせて作られている。エピポリSiプロセスは、パターニングした酸化膜上に成膜する20µm以上の厚いエピポリSiを使うMEMSプロセスであり、仏伊合弁のSTMicroelectronicsやドイツRobert Boschが標準的に用いている。図1では、赤色の櫛(くし)歯電極(400nm幅)が下層から伸びている。これはエピポリSiプロセスによって酸化膜を介さずに基板に固定されている。一方、基板から絶縁される部分、および犠牲層エッチングによって基板からリリースされる部分は酸化膜上に形成される。
筆者が、図1の構造から連想したのはBoschの3層ポリSiプロセスだ(図2)。複雑な多層構造が用いられている点が共通している。配線層、第1構造層、厚い第2構造層(エピポリSi)の3層を用いることで、構造設計の自由度が高く、理想的なセンサー構造を採用できる。このセンサーでは、対称構造、1点支持、2重差動検出によって、自動車応用に求められる高い安定性を実現している。
これらのセンサーを見て筆者は、MEMSでも最先端プロセス技術なしにはよい設計はできないとあらためて感じた。前世代的なSOI(Silicon On Insulator)プロセスだけで勝負することは難しい。各社が主力とするMEMSでIDM(垂直統合型の製造業)が強い理由の1つと考える。
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